新宿ロフトの支援プロジェクト「Forever Shinjuku Loft」


LOFT SUPPORTERS

コンセプト

「Forever Shinjuku Loft」について…
 新宿ロフトは、1976年10月に西新宿にてオープンし、1999年4月には歌舞伎町に移転し、今日まで40年以上の歴史を重ねてきました。
 今年の2月末からは新型コロナウイルス感染拡大予防により沢山の公演が中止及び延期となり、政府による緊急事態宣言を受けてからは営業自粛となりました。このまま営業自粛が続くと、40年以上の歴史を持つ新宿ロフトの存続とその歴史が危ぶまれます。
 そこで幾度となく話し合いを重ね、新宿ロフト発信の支援プロジェクト「Forever Shinjuku Loft」を立ち上げました! 新宿ロフト存続の為に配信番組やドネーショングッズの制作・販売等、今後様々な支援プロジェクトに取り組んでいきます。

▲TOPへ戻る

企画内容

「Forever Shinjuku Loft」第二弾



■新宿ロフトオリジナルマスク
新宿ロフトのイメージを前面に押し出したオリジナルデザインの「抗菌消臭・抗菌ウイルス加工マスク」のドネーショングッズ 販売決定! ▶︎ 販売URLはこちらをクリック









■リモート配信の第二弾
ゴールデンウィーク期間中に新宿ロフトと所縁あるバラエティーに富んだゲストを迎え開催した、リモート配信に拘った新宿ロフト初の1時間トーク番組「Forever Shinjuku Loft #stayhome」の6月上旬までのレギュラー放送が決定しました!

■5/13(水) 20時〜21時放送

【出演】ヒグチアイ https://twitter.com/HiguchiAi
【進行/インタビュアー】池田スカオ和宏 https://twitter.com/ikeda_scao
【視聴チケット】¥1,000(ドネーション込み)
販売URL:https://twitcasting.tv/shinjukuloft/shopcart/5690
・5/27まで視聴チケットは購入可能です。アーカイブ放送は5/27 23:59迄
▶︎ 配信詳細はこちらをクリック

■5/17(日) 16時~17時放送

【出演】Brian the Sun 白山治輝 https://twitter.com/haruki_the_sun
【進行・インタビュアー】池田スカオ和宏 https://twitter.com/ikeda_scao
樋口寛子(新宿ロフトブッキング)https://twitter.com/Hiroko_Higuchi
【視聴チケット】¥1,000(ドネーション込み)
販売URL:https://twitcasting.tv/shinjukuloft/shopcart/6045
・5/31まで視聴チケットは購入可能です。アーカイブ放送は5/31 23:59迄
▶︎配信詳細はこちらをクリック

■5/23(土) 16時~17時放送

【出演】TAKA(defspiral / Montage.) https://twitter.com/TAKA_defspiral
seek(Psycho le Cemu / MIMIZUQ) https://twitter.com/seek_bonshisya
【進行・インタビュアー】池田スカオ和宏 https://twitter.com/ikeda_scao
河西香織(新宿ロフトブッキング) https://twitter.com/kasai_loft
【視聴チケット】¥1,000(ドネーション込み)
販売URL:https://twitcasting.tv/shinjukuloft/shopcart/6556
・6/6まで視聴チケットは購入可能です。アーカイブ放送は6/6 23:59迄
▶︎配信詳細はこちらをクリック

■5/24(日) 16時~17時放送

【出演】路地裏の僕たち https://twitter.com/kazz3776http://fujifabinbkk.blogspot.com
樋口寛子(新宿ロフトブッキング) https://twitter.com/Hiroko_Higuchi
【進行/インタビュアー】池田スカオ和宏 https://twitter.com/ikeda_scao
【視聴チケット】¥1,000(ドネーション込み)
販売URL:https://twitcasting.tv/shinjukuloft/shopcart/6674
・6/7まで視聴チケットは購入可能です。アーカイブ放送は6/7 23:59迄
▶︎配信詳細はこちらをクリック


■5/31(日) 16時~17時放送

【出演】高木フトシ https://twitter.com/TKGFACT
T$UYO$HI(The BONEZ / PaymoneyTomyPain) https://twitter.com/TSUYOSHI_PTP
【進行・インタビュアー】池田スカオ和宏 https://twitter.com/ikeda_scao
河西香織(新宿ロフトブッキング) https://twitter.com/kasai_loft
【視聴チケット】¥1,000(ドネーション込み)
販売URL:https://twitcasting.tv/shinjukuloft/shopcart/7071
・6/14まで視聴チケットは購入可能です。アーカイブ放送は6/14 23:59迄
▶︎配信詳細はこちらをクリック

「Forever Shinjuku Loft」第一弾



■リモート配信の第一弾
リモート配信に拘った新宿ロフト初の1時間トーク番組「Forever Shinjuku Loft #stayhome」を5日連続にて開催しました!



■5/2(土)16時〜
aie(the god and death stars/gibkiy gibkiy gibkiy/deadman)
https://twitter.com/THEGOD_aie
桜井青(cali≠gari/ヘクトウ/LAB.THE BASEMENT)
https://twitter.com/ao_sakurai

■5/3(日)13時〜
ATSUSHI(ニューロティカ)
https://twitter.com/NEW_ROTEKA

■5/4(月)16時〜
クボケンジ(メレンゲ)
https://twitter.com/kubokenji

■5/5(火)16時〜
伊集院香織(みるきーうぇい)
https://twitter.com/kaori__milkyway

■5/6(水)16時〜
浅岡雄也
https://twitter.com/uyax_asaoka

■全日程 進行/インタビュアー
池田スカオ和宏
https://twitter.com/ikeda_scao



▲TOPへ戻る

応援コメント (50音順掲載)



藍坊主
藍坊主のvo hozzyです。今まで当たり前だと思っていた事がとても特別だったのだと思い知らされる毎日です。新宿ロフトでは、特にここ数年たくさんイベントにもお誘いしてもらって、藍坊主としてはあまり馴染みのなかった新宿が、とても暖かい場所に感じられるようになりました。ライブハウスがあって、人と人との繋がりができて、新しい記憶が生まれて、その度に街の景色が変わって見える不思議。ミュージシャンとリスナーを繋いでくれる場所がなかったら、こんな体験もないんだよなと。たくさんの人たちの記憶が染みこんでいるロフトの床をまた見たい! ロフトでライブできる日を我々みんな楽しみにしています!
<hozzy>

アクメ
"2つのバンドで始動ライブ、個人としてもバースデーワンマンをやった特別な会場です。バンドも例外なく影響を受けています、そんな中でお世話になった場所や友人たちのピンチを目の当たりにして自分の無力さに情けなくなる日もあります。きっと同じ気持ちの人もいると思います。小さなことでもいい、出来ることをしましょう。一番大事なのは音楽を通じて手に入れた絆や知識はどんな脅威にも奪われないということを忘れないこと。終息後も才能あるアーティストたちが新宿ロフトのステージを彩ってくれるでしょう、そんな未来を一緒に見ましょう。1日も早い終息を祈っております。
<CHISA>

大変な時期です。みんなで頑張りましょう!
<将吾>

新宿ロフトはアクメを始めてから初めてライブをした大切な場所であり思い出の多いライブハウスです。そんな僕らにとって大事な新宿ロフトのステージにまた必ず立てる日を願って今のこの苦しい時期を一緒に乗り越えていきたいです。
<RIKITO>

新宿ロフトは数々のアーティストが伝説を残し、バンドマンたちの憧れのライブハウスで日本の音楽史には欠かせません。アクメの初ライブも新宿ロフトでした。アクメでは名物巨大オムライスも食べていません。新宿ロフトはこれからもバンドマン、音楽ファンにとつて必要な存在なのでみんなで協力して残して行きましょう。
<HAL>"

朝倉文江(TOTE)【ライター】
ロフトと言えば誰もが知っている老舗ライブハウス、初めて市松模様のステージを生で見れた時は感激しました。それから数え切れないくらい足を運んでいますが、老舗でありながらも常に新しい事にチャレンジしているロフトは唯一無二の存在です。お客さん1桁時代から懐深く出演を見守って、アリーナクラスになったバンドさんも沢山いますよね。自身も仕事でも個人的にもお世話になっている大事な場所です。そんな大好きな場所を守りたい。良い人達が居て、良い音達が鳴ってて、ライブの後には友達と語り合ったりもしちゃえる、そんなロフトに早く遊びに行けるように祈っています。COVID-19のもたらす苦境に負けないように!頑張ってください!

足立房文
この度、新型コロナウイルス感染症に罹患された方々には謹んでお見舞い申し上げますとともに、一日も早いご快復を心よりお祈り申し上げます。 今般の世界規模での大変な状況は、皆さまの大切な生活に少なからず影響を受け、様々な思いを案じていることとお察しいたします。1日も早い終息を心から祈るばかりです。 これまで私たちの祖先は疫病と闘ってきました。ペスト流行を経てルネサンスが準備され、日本では疫病の比喩として鬼が描かれ、京都の祇園祭も疫病封じが目的で生まれた祭りだったという史実もあります。生活様式、ポップカルチャーの在り方が大きく変わって行く中においても、新宿ロフトはいつの時代も旗手であっていただきたいです。

XXXATSUSHI(Lüstzöe, DALLE, THE HATE HONEY)
新宿LOFT応援プロジェクトが発足中です。僕が新宿LOFTで初めてライブをやったのはすでに遠い記憶、、、その頃から新宿LOFTはバンドマン憧れのハコでした。旧LOFTの頃の話しです。個人的な思い入れだとやっぱ旧LOFTに思い入れは沢山あります。めちゃくちゃ沢山onemanやったしイベントにも出演しました。そして朝まで続く中打ち、自分達のも友達のバンドのも、死ぬほどLOFTで朝まで飲みました。そんな憧れのハコでそんな活動をやれたのは自分の嬉しいキャリアになっています。\それは新宿LOFTだからです。この先もそんなバンドマン憧れの新宿LOFTが続く様に。

ATOM ON SPHERE
今年2月に開催された 20th Anniversary イベントに出演させていただいた時にはこんな日常になるとは夢にも思っていませんでした。新宿LOFTは僕たちにとっても、とても大切な場所です。この事態が1日も早く終息し、また新宿LOFTでみんなに会える日を心から願っています。

Analogfish
フジファブリックと良くここで対バンしたな。Spalta Localsを初めてここで見たときは新しくて、ヒリヒリしてて、ドキドキしたな。レミオロメンと共演したときはお客さん20人くらいだったな。ロフトに出てなければ、上江洲君とも知り合ってなくて、沖縄に行くこともなかっただろうな。 これから、僕らミュージシャンもライブハウスも変わらざるを得ないだろう。我々は新しいやり方を日々模索してます。その途中、過渡期、踏ん張る為に、何卒皆さんの応援、宜しくお願いします。何倍にもして返したいと、俺達思ってます。またロフトでライブしたい。
<佐々木健太郎>

a flood of circle
今や滅多に外出などしないのに、食糧の買い出しをするため表に出たら、向かいからウーバー・イーツの自転車が走ってきた。運転者はよく見たら新宿LOFTスタッフのY氏だった。おーいって声を掛けて、少し離れて一瞬の立話。偶然にしかも久しぶりに会えて嬉しかったし、何か悔しかったし、出来ることやるしかないっしょと思った。帰って曲を作った。なぜか言いにくいとされてる気もするが、困ってる時は困ってるって言って良いし、助けてほしい時は助けてって言って良い。出来ないことは出来ないけど、出来ることから試して行こう。また新宿LOFTでライブできる日を楽しみにしています。
<佐々木亮介>

あべすずこ
新宿LOFTで初めて企画をやらせてもらったのは2013年、17歳のときでした。“いつかLOFTで企画をやるのが夢だ”と伝えると「半年後にやろう!」と、その場で日程を決めてくれたこと、 あの時の胸の高鳴りを忘れたことはありません。自分の企画だけじゃなく、たくさんの忘れられない夜を新宿LOFTで過ごし、ライブハウスという場所が”ただ音が鳴る場所”ではないことを教えてくれたのは新宿LOFTでした。行くたびに声をかけてくださるスタッフの皆さん、いつでもおいしいオムライス、話の尽きないバーの奥のソファ、市松模様のフロアがお客さんで埋まる瞬間、新しい音楽と出会えたとき。鮮明に刻まれている景色の数々が、これからも当たり前であって欲しい。そう願うばかりです。不安だらけの毎日ですが、未曾有の事態を乗り越えた先で、最高の音楽と共に乾杯しましょう。Forever Shinjuku Loft!!

umbrella
LOFTに初めて出演させていただいたのは記録的な土砂降りで、けたたましい雷と風のオンパレードな日だったなーと記憶に刻まれています。私にとっては聖地。 貴重なイベントに出させてもらったりリスペクトの多いライブハウスです。そして打ち上げのオムライスを食べる事が楽しみだったりします。いつまでも、これからも素晴らしい記憶をファンやアーティストに残してほしいです。微力ながら応援してます。聖地を守りましょ!また土砂降りの搬入が楽しみだなと思える様に。
<唯>

誰も想像していなかった状況に突入し、バンドもライブハウスも手探りで今を乗り越える方法を探しています。この状況が収束した時に笑って新宿LOFTのステージでもライブがしたい。私たちができることは少ないかもしれませんが共に乗り越えましょう。またあのアツイステージに立てる日が待ち遠しいです。
<柊>

新宿LOFTはしばしば聖地という言葉で表現されるが、なぜ聖地と呼ばれるかという答えは一つではないと思っている。自分にとっては子供の頃に初めて小遣いで買ったCDが黒夢の新宿LOFTライブ盤だった、というようにLOFTを愛する者一人一人に伝説となったステージが存在して、こうなると新宿LOFTが先か聖地が先かという議論にも発展しかねない。我々日本人がお仏壇のお供物を盗めないように、新宿ロフトのステージは汚れた心では上がれない。この世界基本規模の脅威を無事乗り越えた時には、一切の邪念もない心でまた新宿LOFTに立ちたい。皆で乗り越えていこう!
<春>

新宿LOFTと言えば出演させて頂いた事はもちろん、数々のアーティストが歴史に残る名演を繰り広げたライブハウスであり、もはや歴史的価値がある場所であると思います。COVID-19により壊滅的なダメージを受けているエンタメ業界に於いて、その渦中の真っ只中にいる我々が考えるべきは昨日の事よりこれからの事。今の時代を生きる僕らの事より、もっと先の未来に生まれるであろう芸術の才能を育む場所としてForever Shinjuku Loftであって欲しいと思います!そして事態の終息を願うと共に、ウイルスを身に宿して戦う皆様に負けるなという祈りを、使命感を持って命を削っている医療従事者の皆様に最大限のエールを送ります。
<将>

Yellow Studs
15年前、新宿LOFTのステージに初めて立てたときのこと、今でも鮮明に覚えています。今も昔も本気のバンドしか集まらない、そんな最高の場所です。それは常に本気でバックアップしてくれている、素晴らしいスタッフ達がいるからだと思います。世界のライブハウスの頂点に君臨するLOFTとして、これからもドンと構えていてください。
<Vo/Key 野村太一>

exist†trace
"新宿LOFT、ライブを観に行った事もあったし、バンドを始めてからは様々な共催イベントを行いましたね。沢山の思い出がある場所。自分達にとっても、大切な新宿LOFT。そのステージへまた戻れる様に、今は自分の声を磨いておきます。だから負けないで。必ずまた面白いイベントを一緒に開催しましょう。
<ジョウ / Vo>

「僕、弟さんの同級生なんです」その日の共演者さんの一人に、思いがけない声のかけられ方をしたのは新宿LOFTでのリハーサル中。音楽や人と偶然の出会いが多発する素敵な場所、それが新宿LOFTです。いつも「おかえり」って顔で迎えてくれるみなさん。ステージのセッティングもガンガン手伝ってくれて、音の相談も親身に聴いてくれるみなさん。嬉しかったり悔しかったりいろんな気持ちを思い出す市松模様のステージとオムライス。必ず再会してより良い音を、より楽しい時間をと、また一緒に試行錯誤してゆきたい。私たちが「生きてるー!」って実感できるこの場所を、今だけじゃなくずっと守ってゆきたい。Forever Shinjuku Loft!
<miko / Gt&Vo>

とても大切で、大好きなライブハウスです。お世話になったスタッフの皆さん、必死につくり上げたイベント、熱く奏でた音、お客さんの声、笑顔、其処にある沢山の想い…熱い一瞬一瞬を、鮮明に思い出します。今何が出来るのか、何が正しいのか、簡単に言葉には出来ないけれど…自分に出来ることを探していきます。新宿ロフトで、またライブをしたいです。
<乙魅 / Gt>

いつも暖かく迎えてくれるLOFT。イベントを共に行い、沢山のイベントにも出させて貰った。LOFTに行くといつも、搬入リハから帰る瞬間まで安心してステージに集中できた。それはLOFTスタッフ皆さんの行動一つ一つのお陰。安心して共にステージを作る事が出来るんだ。それって簡単な事ではないし、一人ではなく皆さんがその空気を作ってくれている。本当に感謝しかない。打ち上げのLOFT飯はメンバー皆で毎回写真を撮る程に好きだ。そんなLOFTとまた同じステージを共に作りたい。その日を信じて、今は自分と周りを大切に凄そう。LOFTへ愛を込めて。
<猶人 / Ba>

ライブ出演となると、自然と気合いが入り、とてもパワーに満ちたステージには楽しい思い出しかありません!そして、ふらっと遊びに行っても受け入れてくれて、スタッフの皆さんの暖かさが感じられる大好きな場所です!そんな場所で、またみんなと一緒に笑いあえる瞬間を楽しみにしながら、今を生きよう!!フォーエバーシンジュクロフト!!
<Mally / Dr>

生熊耕治(cune / BLUEVINE)
"僕の初めての東京ワンマンは西新宿にあった頃LOFT。Boφwyが大好きだったバンドキッズが自身のバンドで、しかも東京初ワンマンが新宿LOFTなんて夢みたいだった。上手のモニターが低くて、ひょっとして布袋さんが下手が定位置になったのはLOFTの影響?なんて当時は思ってたなぁ。市松模様も僕にとっては憧れ。歌舞伎町に移動になってからも沢山の節目でLOFTに立った。今、全国のライブハウスやクラブが大変な時期にあり、ミュージシャン、音楽関係者と手を取り合って頑張らないと大切な思い出も場所も無くなってしまう。失ってからでは遅い。これからも末永くLOFTと生きていけますように。

池田スカオ和宏【音楽ライター】
今の俺は微力ながら新宿ロフトの役に立ててる」…35年近く前の高校生の自分に教えたい。新宿ロフトに通い出したのは高校時、小滝橋の頃だ。日曜に電車を乗り継ぎ2時間。昼は輸入盤店や自主制作盤店をハシゴし、開場までウッドストック前の公園で時間をつぶし、夜ライヴを観て終電ギリギリで帰路につく。以来幾つものシーンをそこで見てきたし、歌舞伎町に移ってからはロフトと共催で自身の企画を幾つも打った。残念ながらステージに立ったことは一度もないのだが…(苦笑)。現在もRooftopのインタビュー等で携われているのは誇りだ。 この度、新宿ロフトが未曾有のピンチだ。幾つもの救いをもらったぶん今度は自分なりに返す番。絶対につぶさせない!!今の自分のように、これからも多くの人に「あの頃、新宿ロフトであのバンドを観たんだゼ!!」と後々みんなに自慢してもらうためにも。

上野大樹
今までの日常が変わってしまいました。未来がイメージが出来なくなりました。当たり前が当たり前ではなくなってしまいました。だけど変わらないものも確実にありますね。こんな中でも今現在新しい音楽は沢山産まれていて、更に過去に世に放たれた音楽は確実に今辛い人を助けてくれています。勿論僕もです。大切なモノを守ろうという活動が沢山の業界や界隈でムーブメントとして起こっています。僕も思います。大事な場所や人をこんな形で失いたくないと。新宿LOFTが大好きなのは言うまでもありませんが、それ以上にまだまだ新宿LOFTでやりたいことがあります。音楽を発信する人から受け取る人まで、沢山の人達を笑顔にしてきた新宿LOFTを今は僕達が支えましょう。

UCHUSENTAI:NOIZ
憧れたバンドが沢山出演していた 聖地LOFT UCHUSENTAI:NOIZも沢山出演させて頂いてますが、いつもROCKの歴史を感じさせてくれる特別な場所です。失いたくないです!

ヱヰ十
どうもどうも、東京中央線ハードコアのヱヰ十一同でございます。バイ菌さんのお陰でライブハウスが困り、場所によっては閉店を余儀なくされるところもある今日この頃、我々ヱヰ十は微力ではありますが、新宿LOFTを支えていきたいです!!!歌舞伎町のド真ん中からまた爆音を発信する日が来るまで、我々も少し我慢して家でちまちま晩酌して過ごします。家飲みが増えてアル中になる人が増えてるそうなのでお気をつけください。営業再開したらまた皆で泥酔して笑いましょう!

AA=
新宿ロフトはライブハウスの中でも特別なハコだ。ロフト無くしては日本のロックは語れない。今はみんなが同じ様に苦しい時。そんな中、少しでも余裕があってロフトを助けたいと思う人がいたら、彼らの動きに協力してもらえたら嬉しい。一緒にがんばろう。
<上田剛士>

えびさわなち【ライター】
つい先日、父が運転する車に同乗していたときのこと。たまたま西新宿の小滝橋通りを進んでいた車内で父が「よく迎えに来ていたなぁ」と呟いた。中学生から当たり前のように遊びに行っていた西新宿の旧ロフト。若き日の父は帰りが遅くなってしまう娘を心配して、月に何度も夜のこの場所へ車を走らせていたのだな、とまさに息子が中学生になった自分の心には感謝が湧いた。そして今日の自分を育んでくれた新宿ロフトへもまた改めて感謝をした。様々な音楽と、たくさんの音楽人と出会わせてくれた場所。新宿ロフトはライブハウス育ちの者にとってはホームだ。ステイホーム。音楽が鳴り続け、心が躍るホーム。コロナ禍の中に在ってもこの音楽愛に満ちたホームを、どうか守らせてください。

おやすみホログラム
ロフトはおやホロにとって大切な場所です。またすぐに遊びにいきたい!そのためにもみんなで支え合いたいです!ロフトらぶ
<カナミル>

私たちにとって、新宿ロフトは思い出がたくさん詰まった場所です!今はとても大変な時期ですが、みんなで助け合っていけたらいいなと思います。また笑顔でライブ出来る日まで頑張りましょう!
<八月ちゃん>

OLEDICKFOGGY
OLEDICKFOGGYと新宿LOFTとの関係は深く、長いものになりました。全国縦断ツアーの初日、ファイナルのワンマン・ライブをLOFTにて数えきれないぐらい開催させて頂いてます。そして、LOFTスタッフの多くの方々がOLEDICKFOGGYを熱心に、純粋に、我々の活動をサポートしてくれています。さらにLOFTを辞めてからもOLEDICKFOGGYのライブ・スタッフとして、サポートして頂ける方々も数多く存在します。いつも、本当にありがとうございます。バンドの活動の重要なターニング・ポイントとして、常にLOFTが存在してきました。これからも、そうであり続けていきたいと思います。また、あの「黒と白のタイルのステージ」に立てるために、偉大な先人の方々が立ってきた、あの歴史あるステージに立つために、来るべきライブ活動再開の時のために、刀を磨いていきます。これからも、よろしくお願いいたします。

音速ライン
"ロフトは勝手に実家だと思ってます。デビュー前から今まで計り知れないほど思い出を作ってもらった場所。ギリギリ20代の自分が見え隠れして照れくさい気もしますが、ロフトは僕の青春そのもの。ステージ、楽屋、バー、スタッフさん達の顔、その全てが僕にとってはなくてはならないものです。コロナの影響で本当に危機的状況ですが、きっと乗り越えられると信じてます。出来る事があったら何でも言ってください。ロフトは不滅!
<藤井敬之>

自分の憧れのライブハウス。今でもそれは自分の中で変わらない。そんな中でロフトで沢山の思い出を作らせてもらって、その感謝は言葉では言い表せない。しかし、新型コロナウィルスによって、こんな事態になるとはホントに思いもしなかった。それは、ライブハウスに出演する方、もっと言えば、そこで、ロフトや音楽に従事する方々は本当に苦しい思いをしてると感じてます。 自分は個人的な意見になってしまいますが、やはり好きな場所、なくてはならない場所としてロフトはあります。本当にロフトの樋口さん始め、スタッフさん全員に感謝しつつ、少しでも助けになればと思いこの文章を書いてます。どうかこんな駄文を読んでいただいて、少しでも読んでいただいてる方々に気持ちが届きますよう。
<大久保剛>

GOTCHAROCKA
いかにライブハウスとは僕らにとって重要な場所だったか、最近特に考えます。新宿ロフトさんにはイベントライブ、そして撮影場所としてもお世話になりました。とあるライブの日の入りをした瞬間の事を思い出すと、ああ、こんな柄の床だったかな。ここにスピーカーがあってステージの高さがどのくらいで、確か楽屋の行き方は…なんて追想していると心が華やぐのを感じます。今はCOVID-19の影響で世界中厳しい状況が続いています。生活様式も変わり、それに応じてエンタメの形式も少なからず以前とは変化していかなきゃいけないのかもしれませんが、ライブという文化だけは絶やしてはいけないと切に思っています。必ずこの危機を乗り越えて、再び新宿ロフトのステージに立てる事を楽しみにしています。
<樹威>

新宿LOFTと言えば、僕にとっては自分の憧れたミュージシャンの方達も聖地と呼ぶほどの伝統ある素晴らしい場所で、得体の知れない大きい何かが宿ってるような感覚を受けます。初めてLIVEをさせてもらう時、少し緊張しながら会場の扉を開けたのを覚えています。そこからLIVEでお世話になったり、撮影で使わせていただいたり、LIVEを観に行かせてもらったりと 僕にとっても思い入れのある場所となりました。これからも僕たちを含め沢山のバンドにとって熱くて素晴らしいライブハウスであってほしいです。この苦しい状況を共に乗り越えてまたLOFTのステージに立てること、みなさんと笑顔で会えることを楽しみにしています。そしてオムライスも食べたいです!
<JUN>

アーティストとしてステージに立たせていただいてから長い事お世話になっているライブハウス。振り返ってみると楽しかった記憶や、プレイ面等で苦い記憶もあったりと、いっぱい成長させていただいたなって思います。今回世の中がこんな事態になってしまい、厳しい状況が続いていますが皆で一緒にこの苦難を必ず乗り越えましょう!そしてまたライブをさせていただき、沢山笑いながらお酒を交わしましょうね。
<十夜>

KANA-BOON
大阪から夜行バスに揺られたどり着いた新宿歌舞伎町は、へべれけになった男女と朝食にありつこうとするカラスの群れが行き交っていて、賑やかだけど殺伐としたなんだかとんでもない街という印象でした。どちらかというと田舎の方からやってきた僕達はずっとビクビクしていましたが、LOFTと出会ったあの日以来、とても好きな場所になりました。(いまだにビクビクはしますが)右も左も分からない僕達にとても親切にしてくれた、行く宛のない僕達と朝まで一緒にいてくれた、別れ際にはまた遊びにおいでと言ってくれた。ライブハウスに入る前と出た後でその街や世界が変わって見える、そんな体験をさせてくれた新宿LOFTは僕達にとってかけがえのない、東京のホームです。あたたかく応援してくれた新宿LOFTを、いま心から応援しています。
KANA-BOON

Kaya
LOFTは皆さんに必要とされている大切な場所。そして私もまだまだLOFTで歌いたい。そんな場所を守りたい。ともに乗り越えましょう。どうぞこれからも側に。

ギターウルフ
恐怖!!!コウモリの猛毒ビールスが世界に蔓延し、人類は自由を奪われた!果たしてこれは、世界征服を狙う秘密結社のしわざか!だが、まんまと魔の手に落ちるわけにはいかない。変身の時がやってきた!オレ達には歌がある。そう、音楽は世界を救うのだ! 必殺のロックで風を起こし、跳ね上がってオレたちの勇姿を見せつけよう!これ以上、ライブハウスが犠牲になるのを黙って見ているわけにはいかないゼ!まずはロフトにみんなのパワーーを!&ぶっ飛ばせロッキンロール!
<セイジ>

gibkiy gibkiy gibkiy
新宿ロフトは、gibkiy gibkiy gibkiy,high fashion paralyze,merrygoround等で、お世話になった自身にとっては、聖地でもあります。当たり前の様に存在した生活感がきっと歪んでいます。表現し、共鳴したり、しなかったりする空間も歪んでいます。そして、其々、呑み込まなければなりません。強い愛情と、伴う衝動が不可欠だと思います。また、聖地に立ち、吸収し、吸収されることを、願っています。
<kazuma>

ex.KYOKUTOU GIRL FRIEND
ロフトはJAPANESE ROCKの中心だからね、ど真ん中だよ。この国に生まれてバンドマンを志したなら、目指すべきステージなんだよ。頑張って辿り着くべきステージだよ。これからも、ずっと未来も、ロックを志す少年少女たちが目指す、憧れの市松模様が新宿にあり続けますように。
<林田倫堕、ケッチ、サリー、亜門>

999999999
敬愛なる新宿LOFTへ
先ず俺たちは新宿LOFTと親と子の様な関係にあると思っていて、子である俺たちが「頑張れ」なんて言うのはおこがましく思う。結成してこの方 どれだけのサポートをしてもらい、どれだけ好き放題やらせてもらったか。好き放題=自由「好きに、自由にやっていいよ」常々、BOSS 柳沢さんが言ってくれた。諸先輩方の重みを楽屋で浴びる。初めてのメインフロアではナニカが宿った。まだその巨大過ぎる懐に四苦八苦してる最中なんだ俺たちは。こんな時だからこそ音楽をはじめる極渋達も出てくる。迷わず新宿LOFTに行きなさいと言う。また世界が拡がって行く。消させない。親の為なら俺たちはいつでも動く当たり前に。全てを耐え切った後、どこでぶちまけるよ?
<Vo.VOLT>

クラカズヒデユキ【ドラマー】
私が新宿ロフトに初めて出演したのは確か19歳の時。 右も左もわからなかったガキのくせに老舗と呼ばれる超一流のライブハウスのステージに立てたこと。多くの方の支えがあったからこそ実現したことでした。それから数年に渡り、悔しい思いも最高な思いも、たくさんのことをロフトで経験させてもらいました。果たしてその時の恩を私は返せたのでしょうか。コメントという形でも、少しでもお力になれるならこの上ない光栄です。が、理想はやはり音楽を演奏することで恩返しをしたいです。その理想は、ロフトがこれから先も存続していてくれないと叶いません。どうか私の目標と、新宿ロフトのこれからのために皆様のお力をお貸しいただければ幸いです。また必ず、ロフトのみなさんと笑顔で乾杯するために。また必ず、あのフロアから最高なライブを観るために。また必ず、あのステージでみなさんと再会するために。よろしくお願いいたします。

CRAZY WEST MOUNTAIN
5月11日に新宿LOFTとの共催フロアライブを控えていたのですが、例に漏れず開催は叶いませんでした。まだまだ収束の時期も見えないこの状況、相談の末「中止」という文言を使って一度白紙に戻しましたがしかし、「白い紙」という言葉はしばしば「未来」の比喩として扱われるものであります。バンドの活動予定もライブハウスのスケジュールも真っ白けですが、恐らくあらゆる価値観や表現がごろっと変革を遂げるであろうこの先の世界で、一体そこに何が描かれるのか。そして僕らは一体何を描けるのか。顔を上げれば案外やれることは多い筈ですから、LOFTもクレ山も腐ったりはしません。活きてまた「再開」しましょう!ッシャァァーーーー! 
<Vo.鶴岡良>

Kra
新宿ロフトさん Kraも随分と前からお世話になってます。イベントからプライベートの飲みの楽しみなどたくさんお世話になってます。このコロナ禍でロフトさんも大打撃だと思います。僕らで何かしらお手伝い出来たらと思っています。エンタメ業全般大打撃ですけれども、収束した時に戻る場所が無いのは我々演者にとっても大打撃です。通常ライブもアコースティックもまたロフトさんでやりたいので、みんなで力合わせてライブ業界を守りましょう。

ゲンドウミサイル
19歳でバンドやり始めた時の俺は武道館なんかに出るとか全く頭になくて、ただただ新宿LOFTに出たかった。俺はふざけてやってるけどLOFTってのは特別なのである。俺は訳あって支援とか救済ってのがあまり好きじゃない。しかしLOFTは別だ。そんくらいだ。負けんなLOFT。負けるわけがないLOFT。
<夜桜極蔵>

SAKANAMON
"新宿LOFTに始めて出演出来た時、憧れのステージに立つ嬉しさと緊張でブルブル震えました。当時の僕等の集客(友達)はいつも数人。楽しくて悔しいライブをした後、ブッキングしてくれた樋口さんに鼓舞して貰って、最後は阿保みたいな楽しい打ち上げで夜を明かす日々でした。数年後、ロフトのステージから地面が見えないライブをした時は嬉しかったなあ〜。かれこれ10年の付き合いになります。本当に大切な経験を積ませてもらいました。勿論今でもお世話になりまくってますしこれからも迷惑かけます。ごめんなさい。恩返ししなくちゃ。応援します。してます。またライブが観れる日を、出来る日を心から楽しみにしています。
<gt.vo 藤森元生>"

THE冠
不夜城新宿歌舞伎町のど真ん中、バンドマンの聖地新宿LOFT。ここでライブをやらせてもらい何ものにも代え難い喜びも、すべり倒した悔しさも味わい成長させてもらいました。ライブハウスは生きてる実感を味わえる大切な場所。失うわけにはいかない。新宿LOFTを愛する皆さんと支援の輪を広げよう。そしてまた新宿LOFTで会いましょう!
<冠徹弥>

ザ50回転ズ
いやはや、みんな大変だー!!LIVEミュージックが鳴り止んでしまった地球!俺たちの大好きな爆音ライブハウス、新宿LOFTからもS.O.S発信です!可能な方は是非サポートくださいまし!事態収束後にライブする場所がなかったらエライコッチャですからね~!
<ダニー>

the god and death stars
少年時代から憧れ続けたライブハウス新宿LOFT。この先も僕達に素敵な時間と場所をたくさん作って欲しい。共に乗り越えていきましょう。またLOFTのステージに立てる日を心より楽しみにしています。
<kazu>

ここで何度もライブをしてライブを観て、何度も朝まで飲んで、沢山の音楽と沢山の人達に出会いました。東日本大震災や台風被害の時には救援物資を募る場所としても協力をしてくれました。新宿LOFTは最高にロックで温かい場所です。新宿LOFTがない新宿なんて想像も出来ません。僕が今想像している事は、またここでライブをして、お酒を飲んで、オムライスを食べる事です。また新宿LOFTで会える日を楽しみにしています。
<大嵩潤>

THE STAR CLUB
79年8月、真夏。その日が俺にとっての初の東京ライブ、そして最初の新宿ロフトでのステージだった。地下世界へ降りて行く階段が逆に見果てぬ夢を上がる階段であり、それから駆け抜けた40年を越える時の中で、ここは帰るべきホームとして、いつも存在し続けて来た。''ライブハウス""という言葉は新宿ロフトから始まったと聞く。聖地、老舗......言葉での表現は必要ないほどに、数え切れないアーティストたちの息吹が宿るこの場所。POWER TO SHINJUKU LOFT!!!
<HIKAGE>

The STRUMMERS
我々にとって新宿LOFTは憧れの聖地、そして特別な場所であり続けている。旧LOFT時代からの35年に渡るバンドヒストリーの中で訪れた幾つもの節目の時、俺達が向かうのは決まってLOFTのステージでした。今この非常事態の中で活動を奪われたロッカー達、そしてファンやハコで働くスタッフ達、誰もがライヴ再開の日を待ち望んでいます。だから新宿LOFTに願う。やっと光が差したその時、目指す場所の象徴として、ロックの聖地として、これまで通り存在し続けて欲しいという事を。我々も再びあのステージに立つ事を待ちわびながら最大限のYELLを送りたいと思います。

THE STREET BEATS
1987年10月の東京初ライブ、1988年2月の東京初ワンマンライブ、そのどちらもが新宿LOFTだった。まだLOFTが西新宿の小滝橋通りにあった30年以上も前の話だ。1999年3月に西新宿のLOFTが最後を迎えた時もそのステージに立っていた。歌舞伎町に移ってからも毎年の年明けライブ、春のツアーファイナル、夏のビーツマニア、と必ず年に3回はLOFTワンマンをやらせてもらってきた。2020年も当然その予定だった。憎き忌々しいコロナめ。LOFTはホームグランドであり、次にまたみんなと会うための大切な約束の場所だ。無くならせてたまるかよ。音楽とライブを愛する全ての人達、力を合わせてこの窮地を乗り越えよう。愛するLOFTにどうかご支援を!
<OKI>

THE SLUT BANKS
"個人的には西口にあったころからの長い付き合いになる新宿ロフト。気がつきゃ人生の半分以上の付き合いじゃないですか。いつの時代のいつのバンドでも必ず世話になったステージです。スラットバンクスも2007年のロフト大晦日オールナイトで蘇生復活して以来しぶとくまだやってます。すげージジイになっちゃったけど、更なるジジイになってもまだまだ世話になりたいステージなので、ぐっと踏ん張ってほしい。お互い頑張りましょう。
<戸城憲夫>

新宿ロフト、2020.10月にはG.D.FLICKERS35周年の祝祭がありスラットバンクスも出演します。延期だとか中止だとかそんなんばっか続きヤダもーってな日が続きますがみんなでお祝い出来ることをたのしみにしていまーす
<TUSK>

ザ・チャレンジ
新宿LOFTを支援するなんて、めっそうもないと思った。だって、俺たちも、新宿LOFTの一部だろ?新宿LOFTのステージに憧れて。夢を見て。新宿LOFTでいくつもの楽しい夜を過ごして。新宿LOFTで数えきれない出会いがあって。たくさんの感情が生まれて。そして俺たちは、この場所でこれからも、踊り続けるんだ。そうさ、アナタも俺も、オーディエンスもバンドマンも、WE ARE 新宿LOFT!!これは、支援なんかじゃない!俺たちが生きていくために必要な生活費なんだ。
<沢田チャレンジ>

The THIRTEEN
雑多な街の中、キナくさい地下へと続く階段を下る。広がる特徴的なブロックチェックの床は音楽の歴史を沢山刻んだ跡。そこは新宿に在るべきロックの聖地。
<真緒>

ライブバンドの聖地にやっと立たせて貰えたのはThe THIRTEENが初めてでした。色々語り継がれる聖地に自分も立てたのはバンド冥利に尽きます。そんなたくさんの方々の大切な場所はまだまだ絶やすべきではないです。共に乗り越えましょう。そしてまたこのLOFTでギター弾かせて下さい。
<美月>

THE TOKYO
俺たちはまだまだ、LOFTでライブがやり足りない!

左迅(ex.girugamesh)
音楽は、ライブハウスは無くなっちゃいけません。新宿LOETのオムライスも無くなっちゃいけません。また食わせて下さい。

Satori Kobayashi
2011年3月。高校を卒業して、希望や不安を胸に田舎からバンド全員で上京。高速バスを降り、ギター2本を抱えてその足で向かったのは新宿LOFTだった。あの日、あの床を踏みしめてから俺は、語り尽くせないほどの思い出をロフトプロジェクトに与えてもらった。憧れのあの人の演奏で涙した。いいライブしていい酒を飲んだ。何度も泥酔し、あの床で寝て迷惑かけた。また俺は憧れのあの人の演奏で涙したい、いいライブしていい酒飲みたい、泥酔して迷惑かけたい。あの床の上でまた思い出を分かちあえる、そう信じています。LOFTを愛しています。

THE BLACK COMET CLUB BAND
新宿育ちで早熟?だった中学生の俺は、小滝橋通りの途中でママチャリを停車させ、きったねえ看板を睨み上げ、いつか必ず出てやるぜ!って心で叫んで。それから数年後、その夢は叶い、いくつかのバンドでステージに立ち、友人のバンドの演奏を金も払わず楽屋から忍び込んで観戦したり。歌舞伎町への移転後は、出演回数はぐいっと増え、なんとなくフラリと立ち寄っても、 店長やスタッフに自然と溶け込めてる自分を誇らしく思ったり。LOFTへ行けてないこの数ヶ月、あの階段を降りるイメージを脳内で再生してみたら、出迎えてくれるスタッフの顔が浮かんで。なんだろうあの安心感。多分、みんな、音楽業界で働きたい!ライブハウスで働いてみたい!ってよりも、LOFTで働きたい!ってスタッフしかいないんだ、きっと。ひとこと、LOFT愛ですわね。あー、俺もあるなー、LOFT愛。LOFTの為なら何でもするぜ。何でも言ってくれ。出来なさそうなことは言わないでね。コロナ収まったら、フラリと立ち寄ります。
<髙野 哲>

THE PRISONER
私達は新宿ロフトに憧れ、新宿ロフトを目指し、新宿ロフトに夢を重ねた。新宿ロフトで笑い転げ、新宿ロフトで泣き崩れ、新宿ロフトで奇跡の瞬間を何度も何度も目の当たりにしてきた。新宿ロフトで出会い、新宿ロフトでぶつかり、新宿ロフトで再会を果たしてきた。新宿ロフトじゃなきゃダメだったんだ。新宿ロフトに育てられて、新宿ロフトに叩き込まれ、新宿ロフトに蹴りとばされて、新宿ロフトに抱きしめられてきた。新宿ロフトは演者だけではなく、オーディエンスだけでもなく、スタッフだけでもなく携わる人達全員の意識の結晶みたいなものだと思います。ライブハウスの名前ってだけではなく空間、現象の名前が新宿ロフト。失くなることは有り得ない。失くなすわけにはいかない。その為であればどんな協力も尽力も惜しみません。心の底から愛し、応援しています。

THE BELGA
山口県の田舎から東京へ。目指すは新宿LOFTただ一つ。学校で教えて貰えなかった遊びは全部LOFTで教えて貰った。LOFTに行けば誰かに会える。俺にとっては東京の実家のよう。 日本のロックのシーンは全てLOFTに繋がる。LOFT無くしてここまでの音楽の発展は無かっただろう。そしてLOFT無くしてこれからのライブハウスに未来はない。
<吉岡James憲弘>

THE RYDERS
形あるものは壊れ、形ないものも壊れ、時は戻らない。生き続けるんだ、LOFT、俺達のシンボル。
<OHNO>

“生""の音を出して""生きる""場所を守ってかなきゃいけない 意思がある処には必ず道はひらかれる!
<UKI>

音楽の形態そのものが変化を強いられる今こそ新しい音楽が生まれる瞬間!発信源であり続けるライブハウスの存続を願います!
<MOH>

STAY HOME…今の状況で、ライブ活動自粛もいた仕方ないことだが、必ず収束は来る。絶対にココに、戻って来るからな!!SAVE THE LOFT!!
<コージ>

Zantö
Zantö結成からとてもお世話になっているライブハウスです。大変な世の中になってきましたが、音楽が芽吹く土壌さえ残っていれば、バンドシーンというものは何度でも甦ります。何とかこの場所を守っていけるよう、微力ではありますがご協力させていただきます。日常のエンターテインメントが必要になるその時まで。

椎名慶治
今年の2月頃は楽観的に考えていた。「少し我慢すればまた元の生活が」なんて。だけどそんな予想を遥かに超える世界的危機にまで陥ってしまった。今のままでは元の生活に戻る前に大切な場所が無くなってしまう。そんな中俺も本当にお世話になりっぱなしのロフトが何やら支援プロジェクトを立ち上げてこの危機を乗り越えようとしているらしい。俺はまたロフトのあのチェック柄のステージで歌うつもりだけど、それは今を乗り越えてこそ。俺からもお願いさせてください。『またロフトのステージでアーティストが歌えるように力を貸してください!』

ZIGZO
「LOFTのケチャップまみれのオムライスで、ライブで失われた塩分を補給できる日まで、みなさん頑張りましょう!」
<髙野 哲>

LOFTのあのステージに、また立てる日が早く来る事を、心待ちにしているよ。
<RYO>

みなさま!また新宿LOFTで逢いましょうぞ!!!
<DEN>

過去を取り戻し、更に輝かせる未来はあるはず。今は、未来の為の心の備蓄期間。LOFTとZIGZOと皆とで再会を果たしましょうね。
<Sakura(Rayflower / gibkiy gibkiy gibkiy / THE MADCAP LAUGHS / ZIGZO)>"

ZIZ
新宿LOFT、聖地でありホームであり、とても大切な特別な場所。数えきれないほどの刺激を貰い、お世話にもなった場所。ZIZが生まれた場所。この困難を乗り越えて、また爆音で、この聖地で、みんなと再会できるその日まで!みんな、生きるぞ!!
<Közi>

その昔は百人町時代から現在の歌舞伎町に至るまで自分史的にも要所要所で大変お世話になっております新宿Loftさん。変わらぬ雰囲気と素晴らしいスタッフ陣、これからもずっと守り続けてもらいたい、私共ZIZも応援し続けます。
<Sugiya>

今も昔も憧れの新宿LOFT。最高の音、最高の笑顔、最高のご飯、最高のお酒。どれをとっても最高なのです!!そんな最高の遊び場、新宿LOFTさんをこれからもずっと応援していきます!
<Yugami>

高校生の頃から新宿LOFTのステージに絶対に立つんだ!!と夢見て愛知県岡崎市から上京してきました。近年では何年も連続で自分の誕生日イベントを開催させて頂いたり、ZIZの初ライブやレコ発、あらゆるバンドで出演させて頂いたり、自分がバーテンをするイベントをしたり、、大切な思い出が沢山この場所には詰まっています。これからも更にその大切な思い出をスタッフの皆様と、そして新宿LOFTにワクワクしながら足を運んで下さる皆様と増やして行きたい、かけがいの無いライブハウス!!それが新宿LOFTさんです!!!!!!これからもずっとずっと応援して行きます!!!!!!
<Chargeeeeee...>

G.D.FLICKERS
1981年4月 上京してすぐ初めてLOFTに行った。ChaosでPunkでRockな空間に圧倒されたよ。他にはない ""えげつない空気""がたまらなく、アホみたいに通った。83年くらいから憧れのステージに立てるようになり、 毎晩のように飲みにも行けば仲間も増えて かけがえのない場所になっちまった。数えきれないRockerたちが同じ気持ちで あの市松模様を宝物にしてるはず。そしてLOFTに通う全ての強者たちが""居場所""を守るに決まってるんだ。客席もステージも それぞれのたまったRockを爆発できることを信じて。Keep The Loft ! クソコロナなんかに負けるわけねぇから。
<稲田 錠>

C4
ライヴハウスというカルチャーの代表的存在である新宿LOFT。小滝橋通りにあった旧LOFTに前のバンドで初めて立ったのが1993年。その翌年にやった初めてのワンマンライヴも、初めてのソールドアウトライヴも新宿LOFTで体験させてもらいました。そしてC4の初ステージも2007年の新宿LOFTであり、現メンバーでの初ライヴも2011年のクリスマスの新宿LOFTでした。 私如きの音楽人生にさえ、新宿LOFTにはこれだけの句読点がある。演者&観客問わず、音楽を愛する人の人生に彩りをもたらす空間である、この新宿LOFTこそ、倒れつつある日本のライヴハウスを守る、まさに最終防衛ラインである事を強く訴えたい。
<TOKI>

愁(ex.girugamesh)
約4年前に解散したバンド、ギルガメッシュとして何度も出演させていただいた思い出のある場所。友人や先輩のバンドのLIVEを見に行き、打ち上げに参加したり解散後も何度も出演、遊びに行かせてもらった僕にとって大切な場所の1つです。バンドもそうですが、無くなるなんて思ってなかったものが次々と無くなっていってる状況です。ライブハウスだけでなく大変な思いをしている方々は沢山いると思いますが、自分がお世話になってきた場所には自分なりに少しでも恩返しできればと思っております。沢山の人の少しずつの思いやりが大きなパワーになる事を願っております。

STEREO.C.K
バンド始動時からお世話になっています。素晴らしいスタッフの皆さんのおかげで、いつも気持ち良くライブをやらせてもらい感謝しています。これからもロックバンドにとって最高のライブハウスで在り続けて下さい。

SMORGAS
新宿ロフトの力をナメてはいけない。 SMORGASは2010年に再活動を開始し、2018年には21周年記念ライブまでこぎつけた。 その間にも大きなイベントがいくつかあったけど、SMORGASがそこまで頑張れたのには新宿LOFTの力がとても大きい。 正確にはLOFT店長の柳沢くんがSMORGASに惚れ込んでくれて、色々と世話してくれたおかげ。 もちろん21周年ツアーファイナルは新宿ロフトだし、ゲストにKj(Dragon Ash)、H ZETT M、DJ MASS、前田サラ、さかいゆう、ポチョムキン(餓鬼レンジャー)など多くの著名ゲストを迎えることができ大成功。 この10年間は新宿LOFTに勉強させてもらう事で成長できた部分は否めない。 個人的には西口にあった時代から通っていて、初めてブルーハーツを見た時の衝撃は今だに覚えてます。 LOFTはロックバンドの寺小屋かもしれない。そんな場所が消えてはいけない。

セプテンバーミー
見えたあの光景を思い出す。少し緊張しながら弦を交換したっけな。仲間たちと馬鹿な事を話した楽屋。打ち上げでメンバー同士がケンカした夜も。悔しい気持ちで肩を落としながら帰った日も。僕らは「音楽が好き」という気持ちで心を重ねた。あの青春にいつも「新宿LOFT」は居てくれた。音楽の力を信じています。一緒に乗り越えましょう。
<ドイヒロト>

s o t t o
僕にとって、新宿ロフトはたくさんの夢を叶えてくれた大切な場所です。WHITE ASHがまだ学生バンドの頃。音源を聴いてカッコいいねと声をかけてくれたのが、当時ロフトで新人発掘をしていた加藤さんでした。それからロフトの事務所でCDを出させてもらって、全国のライブハウスやフェスで少しずつライブが出来るようになりました。そして、かけがえのないファンの皆さんに出会う事が出来ました。また、音速ラインをはじめ、大切な先輩や仲間に出会わせてくれたのもロフトでした。想像してた以上に、たくさんの人に僕らの音楽が届いたのも、たくさんの人と出会い成長できたのも、新宿ロフトのおかげです。そんな新宿ロフトがコロナの緊急事態宣言の影響で存続が危ぶまれる状況に至っています。そこで、新宿ロフト発信の支援プロジェクト「Forever Shinjuku Loft」が立ち上がりました。これから新宿ロフト独自の配信番組や、ドネーショングッズを製作・販売します。新しい音楽と人に出会われてくれる場所、そしてたくさんの夢が溢れる新宿ロフトが今後も存続できるように。皆さんも日々大変かと思いますが、無理なく出来る限りでご協力頂けたら幸いです。そして新宿ロフトでまたみんなに会えるのを心から楽しみにしています。
<山さん/ex.WHITE ASH>

曽根巧【ギタリスト】
コピーバンドを始める、てかエレキギターに初めてふれる前から、「伝説のライブハウス」だから、存在は京都市の西隣のベッドタウンの田舎の中学生の時から知ってたの。そんな新宿ロフト、初めて出演が決まった時はうれしくてうれしくて、みんなに自慢しまくったなぁ。それから色んな人たちと一緒に、かれこれ100回くらいあの市松模様のステージに立ったんじゃないだろうか。上手でも下手でも、前も中央も、照明で頭が焦げそうになるステージ後方も。客席でも弾いたし、左右のモニタースピーカーの台の上でも弾いた。新宿ロフトが輩出してきた偉大なアーティストってたくさんいるし、それを夢見て、現在進行形でバリバリやってるバンドマンもいーっぱいいるんだろね。でも日本の音楽史にきっと名の残らないオレみたいなのにとっても、ロフトは大切な大切なホームなんだよね。じゃないと、「ロフトもすっかりトーク小屋っすねー?」みたいな冗談言えないよ。みんなで乗り切って、またやろーね。

高木フトシ
大好きな市松模様。数少ないカルチャー発信地。ピラミッドの底辺の聖地。そんなLoftでまた歌い叫べる日を待ち望んでます。共に、互いに、乗り越えて行きましょう。

高橋ちえ(しゃべるひと)
【新宿ロフトのティーンズイベントなどでMCを担当】

新宿ロフトに行っていなければ今の自分は存在していないと断言できる。東日本大震災後に東京に来てからライブを見ていたこの場所で新しい人との繋がりも生まれ、新たな出来事もスタートした。わたしが新しい何かと出会ってきた場所こそ、この新宿ロフト。これからもきっと、新しい何かを、この場所から。地下に降りて行く階段をワクワクしながら駆け下りて、ドリンクカウンターでおいしいオムライスをオーダーしつつビールを飲んで、ワイワイ楽しくおしゃべりできる日が早く戻って来ますように。心から祈っています。

高畠正人【ライター&ライブ写真家】
どんなバンドだって市松模様のあのステージに立ったらカッコよくなる。必然的に写真を撮るときも力が入る。だからロフトで撮った写真はいつも満足。きっとステージにこれまで積み重ねられたロックの魂が宿ってるからだろう。ブッキング、ステージ周り、PA、照明、ドリンク、Rooftop編集さん、そして店長さんの想いが詰まった新宿ロフト。“Forever Shinjuku Loft”! また共催企画をやりたい!今はとにかく市街模様のステージが恋しい!

田中悠貴
新宿ロフトにはじめて出演したのは2009年4月2日でした。いまでもそのときの光景を鮮明に覚えています。まだ地元で高校生だった僕にとって、新宿ロフトは、大好きなアーティストと同じステージでライブできる憧れの場所で、感動と驚きの場所でした。上京してからも数多くの公演に誘っていただき、最高の場所でライブを重ねることでバンドのいろはを学ばせてもらえました。新宿ロフトは喜怒哀楽全ての感情を出すことができる僕の音楽人生の中でかけがえのない場所です!一刻も早くこの騒動が収まり、また素晴らしい空間が戻ってくることを切に願います。スタッフの皆様大変な状況かと思いますが、頑張ってください!

宙也
愛しき地下。20歳の時はじめてその場に立った。そこからすべてが始まった。いわば第二の母。混沌なる故郷。産んでくれて育ててくれてありがとう。またすぐそこに行って歌います。 お元気で。ロフト、あなたは永遠。

T$UYO$HI(The BONEZ / PaymoneyTomyPain)
最後にLIVEをしたのは2007年1月のPTPの企画ですね。あれ以来13年ぶりに今年はLIVEのはずでした。デビューして20年って日に。自分がお客さんとして通ってたLIVE HOUSEなんでね。やはりもう一回立ちたいんですよ。振替公演是非やらせてくださいね。

TEARS OF THE REBEL
今も昔も新宿ロフトはバンドマンにとって、音楽シーンにとって特別な存在。いつまでも存在し歴史を刻み続けていかなければならない小屋。また最高にイカしたROCKが毎晩奏でられる様、今は踏ん張りどころ。皆さんの力と共に。
<Takatoshi Murase>

運良く18の頃憧れの市松模様...新宿ロフトに初めて出演しました。その後のバンドでは初ライブやイベント、ワンマン、ラストライブなどを演らせてもらい、数々の先輩や憧れのバンド観に行ったりと今も変わらず大切な場所。歴史とこれからのバンドマンの未来を皆さんと共に守っていけたら最高です。
<YOSHIPONxxx>

DaizyStripper
ROCKの聖地はどれだけの笑顔を生み出して来ただろう。勇気や希望を与えられる場所が永遠で在りますように。また楽しいライブと打ち上げしましょう。
<夕霧>

DaizyStripperが結成当初からお世話になってるLIVE HOUSEの1つである新宿LOFTまたあのステージで魂の解放し、もう出逢えないこの「1秒」に今を刻む時が来る日を楽しみにしています。
<なお>

数々の名演が溢れたこの市松模様の音楽の溜まり場に、これからも音楽が溢れている所を観たいです!共に頑張って今を乗り越えましょう!!
<まゆ>

DaizyStripperとしてステージに立たせて頂いたことがあり、思い出が詰まった新宿LOFT!事態が収束し、また笑顔満ち溢れ活気的なステージとなる日を楽しみにしています!
<Rei>

新宿LOFT、スタッフ一丸となってその日のギグに全力で取り組んでくれるところがとても好き。だから数々の伝説が生まれ、ロックの歴史そのものが詰まった聖地になったんだと思います。そんな素晴らしいこの場所をみんなで守りましょう。また市松柄の床の上でみんなで暴れられる日を、心待ちにしてます。Rock it!
<Kazami>

DEZERT
新宿loft 色んな音との出会いの場。色んな人との出会いの場。僕にとって特別なライブハウスの一つです。愛に包まれたあの空間、絶対に日本のロックシーンにおいて必要不可欠なみんなの場所です。今、苦しくない人はいないと思います。僕も何をしたらいいのか、何を音楽人としてやるべきか日々模索しています。もしこのコメント、そしてloft foreverという新宿ロフトが発案した企画を読んで、少しでも何か共鳴したことがありましたらいつかまた新宿ロフトで共鳴できる事を祈って、お力になってもらえたらと思います。もちろん僕もできることはさせて頂きたく思っております。一緒に願晴りたいです。1日でも早く新宿loftで共鳴できますように。
<SORA>

deadman
共に乗り越えましょう。その時は思い出を振り返っていつも通り笑って騒ぎましょう。場所は新宿ロフトで。
<aie(deadman/the god and death stars/gibkiy gibkiy gibkiy)>

defspiral
新宿LOFTの楽屋からステージに続く通路が好きです。ステージへと向かう数多のバンドマンの気が染みこんだ通路です。キッズの頃からの憧れの地、多くのバンドマンにとっての聖地。この火を灯し繋げていかなければいけません。力を合わせましょう。
<TAKA>

キッズの頃から新宿LOFTに出てるロックバンドに憧れ、上京して自分のバンドで世話になり、この場所の素晴らしさを身を以て知りました。自分にとって東京のホームでもあるLOFT。多くのミュージシャンやファンの想いが染み込んだステージ、楽屋、フロア。喜怒哀楽の詰まったかけがえのない場所。またここで、輝いた時間を共有できるよう、歴史を止めないよう、皆でひとつになろう!
<MASATO>

バンドマンにとってLOFTとはやはり聖地なのです。みんなが憧れて目指した場所。僕ももちろんその一人です。初めてあのステージに立てた時の事は今でもずっと覚えています。失うわけにはいかないんです。なので、全力で支援させていただきます!今この状況を乗り越えて、また沢山のアーティストが聖地LOFTのステージに立てるように皆さんの力を貸してください!
<RYO>

まだ辛抱が必要ではありますが、少しずつ良い兆しが見えて来ましたね。もとの生活に戻れた時には、またライブに集まってくれたみんなを共に救えたらと思います。どうかよろしくお願いします。
<MASAKI>

DuelJewel
ミュージシャンを夢見てメンバー探しに明け暮れていた16歳の頃、当時のLOFTで先輩のライブを見させてもらい、心底羨ましかった事を思い出します。先輩と言えど、まだまだ演奏も歌もアマチュアのレベルだったように思うけれど、一生懸命に真っ直ぐにステージで演奏する姿がとても素敵でした。何よりもそんな素晴らしい経験を共有出来る仲間を見つけられた事が、すでに奇跡なのだと思います。今多くの困難と向き合うライブ会場や音楽を愛する全ての方の想いが、必ず報われる日が来ると思います。それまで助け合いながら乗り越え行きましょう!!
<隼人>

大変な事態になってしまい思う事は沢山あるけれど、音楽やライブハウスが悪い訳じゃない事はきっと音楽を愛している人ならわかっているはず。大ダメージを受けている音楽業界の中で、この先どうなるかは誰にも想像がつかないけれど「伝説」と称される新宿LOFTさんにはこの先も伝説を生み出し続けてほしいですし、いつかまたライブが当たり前に出来るような時期が来たら、このライブハウスで演奏をする事を夢見ているアーティストに、あの特製オムライスの感動を与え続けられる素敵なライブハウスであり続けてほしいと思います!
<Shun>

まずは謝らせてください。オムライスのケチャップのかかった部分を優先的に食べていたのは僕です。楽屋もステージもLOFT独特のTheライブハウス200%のあの雰囲気の中にいつも陶酔していました。当然ライブ後の揚げ物も五臓六腑に染み渡り、カロリーも気にせずビールで流し込む覚悟もいつも容易に決まっていたものです。いつも通り、入りするだけでワクワクするライブハウスであり続けてください。Forever!!
<祐弥>

普段はご一緒できない先輩方とご一緒でき、勉強ができる貴重なライブハウスだと思ってます。そういうライブを実現できるライブハウスでまた早くライブが出来る事を楽しみにしてます!
<Natsuki>

数々のアーティストを育ててきた日本を代表するライブハウスの一つであるLOFTさん。DuelJewelとしても何度もステージに立たせていただきました。バンドもライブハウスも今非常に大変な時期ですが、なんとか今を乗り越えて再びLOFTで演奏できる日を楽しみにしてます!!
<ばる>

D’ERLANGER
僕らの当たり前のLIFE STYLEになっている「LIVE」生きて行く上でなくてはならない「 LIVE」一緒に育っていると言っても過言ではない「LIVE HOUSE」新宿ロフトは、D’ERLANGERが毎年必ず行う特別なLIVEもあったり、年に一度ドラマーが集まる一番大きいドラム会も行っている。特別なハコである。先人からの途轍もない歴史も残り、今もなお歴史が刻まれている、 新宿ロフト、これからも共に歩みたい!必ず乗り越えてまた大暴れしましょう。
<Tetsu>"

The denkibran/南堀江knave
まさか、新宿LOFTの樋口さんにこんなに仲良くしてもらえる日が来るとは思ってませんでした。あまり態度には出してませんが実はすごく感動、感謝してます。まだまだ仲良くなりたいので、また新宿LOFTに遊びに行かせてくださいね。新宿の街にひとりで行っても、なんだか心細くなくなったのはLOFTのおかげです。ありがとうございます。
<倉坂 直樹>

東京カランコロン
新宿LOFTでのライブは思い出深いものがたくさんありますが、一番覚えているのはピロウズ先輩に誘ってもらったイベント。その日はピロウズ初代サポートベーシストの鹿島さんが特別に参加して、ピロウズの最初期の頃の曲も披露されるという一種パーティ的なノリのある日で。おれはそんな事とは知らず(当然出番はカランコロンが先)、おれ自身その時バンドをやるのがかなりしんどくなっていて、まさかの過去にピロウズvoさわおさんに励ましてもらった話をライブのMC中にしてたら、思わず泣き出してしまう、という超絶恥ずかしい思い出があります。まぁ、おれの話は取るに足らないとして(笑)、もっとたくさんの奇跡が起きたであろう新宿LOFTには絶対に無くなってほしくありません。みんなの力を音楽と、ライブハウスが起こす奇跡を残していきましょう。
<gt.vo いちろー>

NAOKI(FANTASISTA)
新宿ロフトは色んな感情と経験と学び、自分を成長させてくれた大切で特別な場所。たくさんのアーティストの音色に刺激を受け、オーディエンスの最高の笑顔を見て、全ての魂が共鳴し合い感動が生まれる。音楽の『絆』は人にとってなくてはならない存在!今はとっても苦しい状況でも、夢、希望、愛を胸に、あの市松模様のステージに立てる日まで、皆でロックの聖地!新宿ロフトを応援し守って行きましょう!そして共に顔を上げ、笑顔で再会しましょう。

長尾健太郎(RAD CREATION)
僕が新宿LOFTに初めて行ったのは2016年。当時担当していたバンドのライブで伺ったのですが、樋口さんが僕の大好きなバンドを担当していたということを聞いてバンドそっちのけで酒を飲んで意気投合したことを覚えています。その後はTOKYO CALLINGで会場担当や共同企画をやらせていただいたり新宿LOFTの歴史の一つに自分もなれたようで嬉しかった。僕が生まれた年より長く続くライブハウス。これからもずっとずっとその背中を見せて欲しい。

中島卓偉
1995年から1997年くらいだったでしょうか、10代だった僕はPUNKバンドをやってまして、新宿LOFTの昼の部にせめて出たくて、デモテープを送り、または直接お渡しに行ったりしました。が、何回断られただろうな、「PUNKなのに歌が上手過ぎる」「全曲ポップなんだけどジャンルが幅広すぎてわかりづらい」そんなことを言われました。1999年にデビューして4~5年経った頃でしょうか、新宿LOFTのイベントに呼んでもらえました。素直に嬉しかったです。スタッフに嫌な人が一人もいませんでした。僕にああいうことを言った人は誰だったんでしょうか。こういうことを今書くってのはお約束でしょう(笑)。僕はソロでありながらバンドっぽい音を鳴らし、ジャンルに囚われない幅広い曲を書き、歌ってパフォーマンスするスタイルを21年貫いて来ました。PUNKなのに歌が上手過ぎる、全曲ポップなんだけどジャンルが幅広すぎてわかりづらい、そういう感じが中島卓偉のスタイルです。本当に良く言ってくれたと思っています。だからこそ貫いてこれました。新宿LOFTこそジャンルが幅広過ぎるバンドが出まくり、ロックを貫いてこられた最高のライヴハウス。今後もめちゃくちゃにやっていってもらいたいです。こんなことに絶対に負けてほしくない。日本一のライヴハウスだと僕は信じています。何か出来ることがあればいつでも言ってください。今後ともよろしくお願いします。

nicoten
2011年、震災後の困難な世界で、若造バンドマンのために伝統あるステージと貴重な出会いを提供してくれたおかげで、今日の自分がいます。きっと今この瞬間も、困難な世界の中もがく若いバンドマンが、あの舞台に立つ姿を思い描いているはずです。どうか彼らに最高のステージを。(僕らも絶対またあのステージに立ちたい!)お陰様でnicotenも10周年。今まで応援してもらった分、ロフトプロジェクトへ心よりエールを送ります。
<岡田一成>

ライブだけではなく、バンドマンとして大切なことを沢山教えてもらった新宿LOFT。全力で応援させていただきます!「そんな時もあったね」と深海で笑い話に出来る日を願ってます!
<ひろせひろせ(nicoten/フレンズ )>

このような未曾有の事態に、ライブハウスの様子がニュースなどで取り沙汰されるようになる中で、僕は真っ先に新宿ロフトのことを頭に思い浮かべていました。それ程までに自分の中で存在が大きいものなのだと気付かされました。音楽を演奏出来る場所は僕らミュージシャンにとって大事な居場所です。新宿ロフトは僕にとって一番大事な居場所です。そんな僕らの居場所を微力ながら応援しております。一日も早く平穏な日常が訪れんことを願って。
<宮田航輔>

西田圭稀【作曲家/ディレクター】
ロフトでは沢山のことを学び、色々な思い出を作らせてもらいました。今の自分があるのはロフトで過ごした日々があるおかげです。これからも素晴らしい音楽を鳴り響かせ、たくさんの人々に感動を与える場所としてあるために、この状況と戦いつつも、様々な施策でエンターテインメントを届けてくれている、そんなロフトが大好きです。早くまたロフトのオムライスを食べに行きたい!

NAkidZ
新宿ロフト!!そこはまさしくGhettoで、Gangで、Heaven…!!俺たちにとってはキラキラした場所!!“東京で一番血の気の多い奴らが集まる「新宿ロフト」”その空間にいる全員が”本気”で緊張感とアットホーム感が入り混じる独特の雰囲気があります。全員が本気で夢を見るから、傷つくことも、ぶつかり合う事もあります。でも、それを越えた先の感動を味わったら誰にも止められません。ロフトの舞台に憧れて、俺たちもやっとここまで辿り着けました。「野望は、この市松模様の上に立ち続けること!」LIVE!!という文化は一時的に抑制されても、人間のその需要は決して滅びないと思ってます。オンライン上ではこの粋で乙なものは体験できない!!絶対また希望の場所、ライブハウスで会いましょう!新宿ロフト!これからも日本一のライブハウスとして、待ってろ!!

ネクライトーキー
ロフトって結構広くて、最大で五百から六百人くらい入るんですよね。なのでブッキングイベントとか、割と頑張って人呼んでも全然ガラガラだったりするんです。大変だ。それでも樋口さんって愛を持ってバンドに接してくれるから、「このハコに恩義を返したい」って僕個人はそう強く思えるんです。ただ打ち上げはスパルタ。樋口さんが本格的に酔い始めるともうダメです。終わらない。朝の七時まで続いて「でもね、緑茶ハイは残らないから大丈夫なの」って言いながら飲み続けていたのにその後Twitterに思いっきり「二日酔いで頭痛い」って書いてました。 そういえば俺はまだパンパンに埋まったロフトでライブしてないです。あんなに広いロフトが自分たちを見に来てくれた人で埋まる瞬間を見てみたい。その日はまた朝まで打ち上げしましょう。
<朝日(Gt)>

NoGoD
ステージに立てる事に制限がかかるなんて思ってもなかった事でした。当たり前の事が当たり前に出来ない事に、こんなにももどかしい思いをした事はありません。新宿LOFTのスタッフの皆さんもライブハウスの日常が脅かされるものとは思ってなかった事でしょう。今を耐え忍び、再び熱いステージを、あの景色を今一度味わいたいと思ってます。
<shinno>

この場所がなければ、この方達がLoftにいなければ叶う事がなかった、そんな掛け替えのない出会いを沢山授けて頂きました。またLoftという場所で、沢山の出会いが育まれる日が少しでも早く訪れますように。
<Kyrie>

誰もが知っていて、誰もが憧れるライブハウスである新宿LOFT。数々の伝説を生んできたLOFTが無くなってしまったら、音楽業界全体としての損失です。NoGoD一同、LOFTを守る為に全力でサポートさせて頂きます!個人的にもLOFTグループの色々な箱にお世話になって居るので、バンドライブでもトークライブでも今後とも宜しくお願い致します!
<団長>

楽しいイベントをやっていただいたりなかうちでも楽しませて頂いたりでお世話になり感謝も沢山です。このように沢山の素敵な思い出と歴史がつまっている場所が負けるはずがないと信じておりますゆえ、またステージにたたせていただきたく思います。大変な世ではありますが共に乗り越えていきましょう!
<K>

heidi.
新宿ロフトはロック魂を引き出してくれる最高の場所。heidi.の周年に使わせてもらったり沢山の思い出が俺の心に詰まってます。でもまだまだ足りないな。もっとロフトで声枯らして汗かいてうまい酒飲んでそして美味しいオムライスが食べたい!!今は大変な時期だけど皆で乗り越えていきましょう。沢山の人達を笑顔にしてくれる場所。また新宿ロフトで逢いましょう。
<義彦>


heidi.結成当初からお世話になってる新宿LOFT。個人的に言えばその前からお世話になっています。大事なライブで使わせてもらうことも多く、いつもアットホームな雰囲気で自分達を迎えてくれました。LOFTに出演する時は他とは違う高揚感があります!大好きなライブハウス、これからもずっと盛り上がっていって欲しいです! LOFTならこの困難もきっと乗り越えてくれると信じて応援しましょう!またあのステージに立って最高の打ち上げができるのを楽しみにしてます!
<ナオ>

楽器を始めた高校生の頃から雑誌やアーティストのライブ映像でずっと憧れてた聖地ロフト。何度も素敵な景色を見せてくれたロフト。またあの市松とともにロフトでフロアのみんなの笑顔をみて楽しかったって笑いながら恒例のオムライスを食べられる日がくるのを願ってます。
<コースケ>

新宿LOFTさんでは昨年アニバーサリーライブをやらせて頂き、そして公演中止となってしまいましたが今年もLOFTさんでアニバーサリーライブの予定でした。heidi.活動初期から何度もライブをしてきた、僕らにとってもファンのみんなにとっても大切な場所です。これからもまたみんなでこの場所で新しい思い出を作りたい。明るい未来になる事を心から願っています。LOFT名物打ち上げオムライスも早く食べたいです。
<桐>"

BUCK-TICK
初めて、新宿ロフトに行ったのは、BOΦWYのライブ(84.3.30)でした。ライブ後のパブタイムでメンバーの皆さんとお話しをさせて頂いた事は、つい昨日のようです。BUCK-TICKの初出演は太陽祭(86.9.10)と言う太陽レコードのイベントでした。上京して一番出演したかったライブハウスだったので凄く興奮した事を思い出します。最近ではPV撮影でお世話になりました。個人的にはドラマーミーティングで1月にお邪魔しました。新宿ロフトは1976年から続く音楽文化遺産だと思います。今、困難な状況ですが早く再開出来る事を、一新宿ロフトファンとして願っています。
<ヤガミ・トール>

1985年に群馬から上京するとき、新宿ロフトはすでにロックの発信源で、たくさんの素晴らしいアーティストを輩出していたライブハウスだった。そして、そのステージに立つことがBUCK-TICKの目標で初ステージの感動は今でも憶えている。今、世界中が新型コロナウイルス感染問題で、大変な時期、新宿ロフトも危機に瀕している。また、たくさんのアーティスト達がロフトのステージでライブができるよう、協力しあいお互い頑張って、この苦境を乗り越えてましょう。
<樋口 豊>

いつの時代も憧れの市松模様のステージ!新宿ロフトは永遠にあってほしい!頑張りましょう!応援しています!
<星野英彦>


✌️PEACE!俺たちは強い
<今井寿>

今はお互い耐えて忍びましょう。春が来ます。どうかその日まで。
<櫻井敦司>

爆裂女子-BURST GIRL-
私たち爆裂女子は新宿ロフト様にはたくさんの思い出があります。中でも一番の思い出は、爆裂女子1周年記念ワンマンライブを大好きな新宿ロフト様で開催することができたことです!私たちの前身グループ『偶想Drop』の解散が決まり、自分たちの力でグループを結成し、いつかワンマンライブを新宿ロフトでやりたいという気持ちを爆裂女子の結成時から強く持ち続け、セルフプロデュースで1周年ワンマンライブを新宿ロフトで迎えることができた思い出は一生の宝物です!新宿ロフトを私たちの後の世代にも引き継いでいつか私たちがおばあちゃんになったときに『あの頃は』とお話しができるように新宿ロフトをみんなで力を合わせて守り続けたいです!そして新宿ロフトのとても美味しいオムライスの味、ライブハウスに遊びに来るお客さんの笑顔を守り続けるライブハウスと何年後も続くことを願っております!そしてまた爆裂女子も新宿ロフトでのワンマンライブを成功できるよう走り続けていきます!がんばれ!新宿ロフト!!!

八十八ヶ所巡礼
新宿ロフト。我々にとってとっても大切なライブハウス。個人的にも思い入れのある場所で、8月は毎年、8月8日と8月18日にワンマンライブをやらせてもらってるんですが、奇しくも僕の誕生日が8月9日。なので、8月8日の打ち上げ中に毎年誕生日を迎えています。みんな祝ってくれるんですが、ロフトからのプレゼントは誕生日ケーキではなく、ケチャップでメッセージが書かれた特大のオムライス。それも、毎年決まって。これを残さず食べきるのに毎回必死です。有り難いです。そんなロフトの人たちが大好きだし、またライブがしたいです。この苦しい時期を乗り越え、あの時は大変だったねと、ロフトのみんなと笑って打ち上げができる日が来ることを、心から願っています。
<Kenzooooooo(Drums)>

BACK DROP BOMB
数多くのLIVEをやらせてもらったLOFTのステージにまた上がれるように、BDBとして心から応援させていただきます。

初恋の嵐
恐らく、ロフトが無くなったら、日本のライブハウス文化は、終わってしまいます。つまり、これまで続けてきた歴史をここで終わらせる訳にはいかないです。大変な時期ですが、何とか踏ん張ってください。そして、またあのステージに立たせてください。

HAT TRICKERS
時はまさに世紀末。。。日本での老舗ライブハウス『LOFT』が未知の脅威によりピンチ。ピータースの仕業か政治家の不始末か。。。まだタイムマシンがあるわけではないのでこれを乗り越えるしか我々に道は無し。ライブに行かない時代など来て欲しくはないし、この狂気と希望と幻滅の真っ只中、LOFT の FUTUREの為...今自分達ができることを。
<Clockwork Kenji>

BUDDY TANDEN
「今年!2020年11月29日!あのステージで初のワンマンLIVEやるんだ!絶対成功させるんだ!ステージから降りてバーフロアで皆んなと乾杯しまくるんだ!デカいオムライスに""BUDDY TANDEN ONEMAN""って描いてもらって食べるんだ!ロフトに夢があるんだよ!オレの夢が!!!!頼むぜロフト!!!!オレも頑張る!!!!」
<遠井地下道>

BALZAC
バンドがスタートしたときから、とにかく新宿LOFTに出演するのが僕らの目標でした。まだ西新宿小滝橋通りにあった頃に初出演させていただいて以来、もう四半世紀近くになります。これまでいろいろな経験をさせてもらったし、今もライブのときは、スタッフの方々の温かさにホームに帰ってきた安心感があると同時に、絶対的な緊張感もあるのが新宿LOFT。これからも僕にとってずっと特別な場所なんだろなって思います。打ち上げで出てくる名物のオムライスにケチャップでバンド名を書いてもらえるのも嬉しいしね。今はみんなが苦難のときだけど、乗り越えてまた新宿LOFTでライブできる日を楽しみにしています。
<HIROSUKE>

バンドごっこ
新宿LOFTさん!いつもいつもお世話になっております!バンドごっこです!新宿LOFTさんは僕らがまだ遠征をそこまで頻繁にしていない時からお世話になっているライブハウスで、プレイガイドの履歴から見ると僕たちバンドごっこが一番多く出ているライブハウスが新宿LOFTさんでした(笑)※僕たちは大阪のバンドです。全国規模で考えても、これまでの12年間の活動で定期的に出させてもらっているライブハウスは新宿LOFTさんだけかも知れません…※僕たちは大阪のバンドです。今はとてもとても厳しい時期だと思いますが、僕たちはあの場所が無くなる訳が無いと思っています。どうか…オムライスのレシピは守ってください…またフラっと寄りますね!※僕たちは大阪のバンドです。

HERE
新宿LOFT。僕はインビシブルマンズデスベッド時代からお世話になっています。当時の暴動的なライブも全て受け入れてくれた懐の深いライブハウス。ここで沢山の仲間と出会い、伝説的ライブを何度も目撃し、20代を過ごした。間違いなく僕のロックは新宿LOFTで創造された。本当に感謝しかない。またあのステージでハイテンションを爆発させる為に今こそバンドマンの底力の見せどころだ。近い未来に新宿LOFT、そして日本のライブハウスの大復活を信じて!
<尾形回帰>

ヒグチアイ
故郷は一つじゃない。わたしの地元長野は山に囲まれていて、県としては広くても、行ける範囲が狭かった。テレビで見る東京の景色に憧れた。上京して西武新宿線沿いに住んでいたわたしにとって新宿は、初めての東京だった。その後いろいろなライブハウスに出演していろいろな場所へ遠征をして、光を知った後に深い闇を知った。もう音楽をやめてしまおうか、と思っていたときに新宿LOFT樋口さんに出会った。いつもあの曲がいいねいい歌だねと口にしてくれた。わたしは今でも東京に住めているのは、あの日の樋口さんのおかげだと言っても過言じゃない。大事な人がいて、また帰りたくなったら、その場所は故郷である。新宿LOFTはわたしの故郷である。

緋村剛(ストレイドッグカンパニー、everset)
これまで何度も出演させて頂いたり、たくさんのバンドを見させてもらった大切な聖地。現メンバーのプレイを最初に見たのもこのハコだ。ステージからの景色やステージ裏の階段や楽屋の風景を今でも思い出す。あの、全体が見えそうで見えない柱のおかげで俺たちは”音”を追求して勝負して、そして育ててもらったんじゃないか?日本から聖地がなくなるのはどうしようもなくナンセンスだ。これからも俺たちミュージシャンが集まれる場所、帰れる場所であり続けてほしいです。

FIELD OF VIEW
凄い時代になりましたね、良くも悪くも(;・∀・)5/6配信時にも話しましたが、コレは恐らく「宇宙的なフルイ」に掛けられてる感、凄いなぁ、と思っています。君は本当にその生き方でいいの? それを問われてる感じ。そんな事を聞かれたにしても、きっと僕らは「うん、それでも音楽を続けて生きていきたいんだ、続けて行くんだよ!」と、秒で答えるでしょう(笑) その為に今現在、自粛をしていますが来たるべき時が来た時、反動で物凄いPowerを出せる。そんな気がしています。どの世界も厳しい状況では在りますが折れないだけの勇気、希望、愛情、って やっぱり音楽から貰って居るはずなのでもう少し頑張って、また笑顔で逢える日まで静かな闘志で日々、乗り越えて行きましょう!!そして朗らかに、誓いを胸に。
<浅岡雄也>

フジファブリック
新宿ロフトは自分たちを育ててくれた、言わばホームのライブハウスです。様々なモノやコトの価値観が日々変化していくことを肌で感じてはいますが、事態が収束し、またあの空間でみんなと一緒に楽しみたいというのが素直な思いです。「Forever Shinjuku Loft」皆さま、よろしくお願い致します。
<山内総一郎>

新宿といえば新宿ロフトというくらい、自分の中では象徴する場所だし、何より自分が育った実家のようでもある。今もなお、たくさんの音楽やカルチャーが生まれる物凄いエネルギーが、今回の壁をも打ち破ってくれると信じています。
<金澤ダイスケ>

辛くて心が晴れなかったりどうしょうもない気持ちになった時はいつも音楽、ライブに救われてきました。非常に苦しい時ですがいつかは終わりがあり、そこからまた新たに始まりを迎えられたらかけがえのない場所、新宿ロフトで演奏をしたり素晴らしいアーティスト達を観に行きたいと思います!
<加藤慎一>

Brian the Sun
新宿LOFTに初めて出演したのは22歳の頃で、もう8年くらい経つけど今でも鮮明に覚えています。曲も聞いたらその当時のことを思い出せるけどライブハウスもそうで、ステージについた傷、楽屋に貼られた無数のセットリストを見るといろんなことを思い出せるし初心に帰れる。LOFTに行くといつも帰ってきたなと思える大切なライブハウスです。だからこそ俺たちがまたLOFTに帰れるまであの場所で待ってていてください!7月31日新宿LOFTで会いましょう。
<白山治輝>

Hermann H.& The Pacemakers
皆様、お元気ですか。Hermann H.& The Pacemakersの岡本です。20年ぐらい前、LOFTという名門の敷居をまたがせて頂き、「バンドマンのプライドとは」というようなことを教わった気がします。ロックンロール、という言葉が日本一似合う場所です。またLOFTに、ロックンロールと、愛と、名物のオムライスが溢れる日を楽しみにしてます!LOFTよ、永遠なれ。
<岡本洋平>

HOTVOX
今も昔も変わらずバンドの憧れのライブハウスであり続ける老舗、新宿LOFT。ご多分に漏れず我々HOTVOXにとってもそうであり、たくさんの出会い、きっかけを作ってくれたライブハウスです。このライブハウスに出れる!って言うので1番嬉しかったのは、もしかしたらLOFTかもしれません。これからも、これから出てくる若手バンドの登竜門としてあり続けて欲しいし、 そしてまだまだ我々もお世話になりましたは言えません。なり足りていないので(笑) ここまで来たなら1世紀は続けて欲しいです、全力で応援しております。歌舞伎町ど真ん中のロックは鳴り止ませません。

布袋寅泰
1981年5月11日。BOØWYが初めて新宿ロフトのステージに立った日。僕はその日をプロとしてのスタートだと思っている。ネットもない時代、信じられるのはライブハウスに集まる観客の生々しい反応だけだった。月一のロフトのステージで僕らは全てを学んだ。今、世界中がもがき苦しんでいる。ロフトもまた苦しんでいる。 皆の夢を叶えたその場所は、いつまでも輝いていてほしい。ずっと応援しています。

HOLLOWGRAM
歌舞伎町に移る前からお世話になっているLoft。憧れの場所であり、ホームでもある場所。人が集まって、好きを持ち寄って、思い出に花が咲くそういったものはみんなの中にもたくさんあると思うけどLoftは自分にとってまさにそういう場所の一つ。今は良しとされていない現状だけれど、公演ができなくなって『バンドっていいな、ライブってどうやったらやれるんだろう、うまくできるかなチケット買ってくれるかな、来た人は喜んでくれるかな』そういうバンドを始める前の気持ちをすごく思い出します。またLoftに帰りたいです。
<ryo>

マカロニえんぴつ
白黒タイル、白黒つけずロックバンドが何度もロックバンドになれる場所、祝福のオムライス、照れ笑いと始発、新宿ロフト。またロックバンドしに行きます。なきゃ困るんです、帰る場所なので。
<Vo&Gt.はっとり>

マシータ
(God bless you, ex.BEAT CRUSADERS, ex.NATSUMEN)

開演直前、ステージ袖のピリッとした緊急感、特にロフトのあの場所が凄く心地良くて、その空気感に包まれたままステージに向かうのが本当にすがすがしくて。ライブで全てを出し切ったあと、打ち上げで待ってるロフト特製オムライスの旨さは格別。会場で朝まで打ち上がって、泥酔しながらよく始発まで歌舞伎町でくだ巻きました(笑)。思えばいろんな現場でお世話になった人たちは、話してみるとロフト出身の方が多くて。僕はいつもこのハコにいい出会いとご縁をもらってきました。ちなみに近い将来、僕の息子が例えば「音楽に携わる仕事につきたい」と言ってきたら「じゃあまずロフトさんでバイトしてこい!」と言ってやろうと思ってます(笑)。そのくらい僕の音楽人生にとって、いろんな素晴らしい事を、お客さん、会場、スタッフ、ミュージシャンで一体となって体験出来たのが、ライブハウス「ロフト」で過ごした日々でした。これからもお世話になりますよ!

増子真二(DMBQ/BOREDOMS)
僕が音楽を始めた頃、LOFTの存在は憧れそのものでした。先鋭的なアンダーグラウンド・シーンが息づく地下音楽世界の絶対的牙城、それが僕にとってのLOFTという場所でした。そしてそれは、今も変わることはありません。市松模様のステージ・フロアは、全身全霊で音を鳴らす者だけに立つことが許される聖域です。自分のためにも、そして、次にこの場に立つ誰かのためにも、この聖域を守り抜いてゆきたいです。

増田勇一【ライター】
新宿西口にあったロックの聖地が歌舞伎町に移転してから、昨年で20年が経過。そんな節目を超えた翌年に、世界がまさかこんな事態に陥ることになろうとは。旧LOFTに初めて足を運んだのは1982年末あたり、関西メタルが東京に“殴りこみ”をかけてきた当時のことだと記憶している。ライヴハウスの匂い、入場時にドリンク代がかかるシステム、終演後の打ち上げが終わっても続くBARタイム。建物の外からは想像もつかない地下世界の常識と楽しさを教えてくれたのは、間違いなくLOFTだったように思う。その場所が、失われるようなことがあってはならない。歴史が染み付いた場所だからではなく、これからも新たな歴史が作られていく場所であるはずだからこそ。

myeahns
新宿LOFT出演すると、楽屋からステージに向かう通路にはホコリをかぶった数えきれないセットリストが貼ってある。まさに歴史を感じた瞬間でした。これからもライブハウスの歴史を作ってください。ぼくも歌うことをやめません。
<逸見亮太>

MIMIZUQ
新宿の街の眩い灯りと雑踏を抜けて 階段を降りていく あの時のまま 僕の憧れの青春はずっと新宿LOFTにある バンドに出逢って 興奮のまま打ち上げへ 話は尽きることなく 終電は逃してしまったのか はたまた帰りたくなかったのか 階段を昇る頃には朝日に目が眩む あの重い扉を開けて また音楽に出逢う日常が戻ってくる日まで 僕らのLOFTを一緒に守りましょう
<seek>

みるきーうぇい
いつもお世話になっている新宿ロフト。市松模様の床や真っ青な壁が渋くて、憧れのライブハウスを絵に描いたような場所です。何より素敵なスタッフさんたちがいつも、私たちバンドマンにとって大切な居場所を作ってくれていました。特に樋口さんとは音楽の話は勿論、全く関係ない話も沢山聞いてもらって、私のメンタルの支えになっていました。笑 新宿ロフトでまたライブが出来る日まで、私たちバンドマンに出来ることは沢山していきたいと思っています。配信、楽しみにしております!
<伊集院香織>

meiyo
何が何だか分からないまま、いつの間にか、徐々に、全く違う世界になってしまいましたが。すぐに元のようには戻らなくても、思い出で終わらないことを祈るばかりです。LOFTが無くなったら、自分の目標の二つが永久に叶わなくなってしまいます。ワンマンでソールドアウトすること。あと、とびきりビッグになって倍率何百倍の凱旋ライブすること!だからどうか、存続して欲しいです。落ち着いたらまた必ずLOFTに出たいです。そしてまた皆さんに会えますように、と願って!

メレンゲ
メレンゲにとって新宿loftはライブのスタート地点でした。その後も重要なイベントを開催するときはいつもここだったような気がします。併せてメレンゲはインディーズレーベルもloftであった事もあり、打ち上げやらミーティングやらここで作られた出来事や学んだものは数えきれません。当然loftは不滅ですがまた新しい挑戦も応援しています!これからもよろしくお願いします!
<クボケンジ>

新宿LOFT出身です、と胸を張って言えるミュージシャンは、幾多のステージを踏んだミュージシャンの中でも数えられるほどしかいないんじゃないかな。僕がはじめて新宿LOFTのステージに上がった2003年から、ライブはもちろん、インディーズでCDを作ったりと、僕のミュージシャンとしてのはじまりの場所だ。だから、僕は新宿LOFT出身と胸を張って言える。ライブをすれば、馴染みのスタッフの皆さんが迎えてくれ、終われば朝まで反省会の名の下、打ち上げ。歌舞伎町の早朝は僕の青春の景色だ。ステージから観るお客さんの笑顔、客席から観るステージとお客さんとの一体感。想像しただけで、身体が、心が興奮を思い出す。ライブがしたい!!!という気持ちが込み上げてくる。ミュージシャンとしてのはじまりをくれた、新宿LOFTが、ライブハウスが、改めて活気を取り戻すために、その場所を守るために出来る限りの力を捧げます。がんばろう!楽しむことができる明日のために。
<タケシタツヨシ>

モーモールルギャバン
新宿LOFT、ここ10年くらいその伝統あるステージに我らモーモールルギャバンも年に1〜2回ほど立たせていただいてきました。ケラリーノサンドロヴィッチさんからイベントに誘っていただいた時や、大槻ケンヂさんがリハを覗きに来てくださった時はダイレクトに歴史の深さを実感しました。そして数々の猛者との共演、マキタスポーツさんやDJ後藤まり子さんや侵攻方向別通行区分やニガミ17歳や忘れらんねえよやゲスの極み乙女や、色んな音楽を全身に浴びて浴びせて狂熱の夜の打ち上げには最高のオムライス。そんな我々にとって当たり前の日常を今はとても恋しく思います。早くまたあのステージに立てますように! <ゲイリー・ビッチェ>

MOROHA
新宿LOFT、スコールアンドレスポンス。
<アフロ>

ヤマザキタケシ【ドラマー】
自宅以外に『ただいま』と言える場所はありますか?僕がロフトに初めて出演させていただいたのは以前に所属していたバンド 「メレンゲ」の初ライブで、確か2002年だったと思う。 その後もライブ出演は数え切れない程させていただいたのだけどもそれだけに留まらずインディ版をロフトレーベルからリリースさせてもらったり、ロフト所有の機材車に乗って全国ツアーしたりと。。思い出は書き出したらキリがないし感謝を書き出したらもっとキリがない。。。ロフトという場所、そこで働く人々、そしてそこに集まる人々 その全てが僕にとって帰れる場所です。この苦境の先の『ただいま』って帰れる日を心から楽しみにしてます。

やまだともこ【ライター 】
初めて開演前のロフトに足を踏み入れた時に感じた独特の雰囲気。これから、ロフトグループで働くんだというワクワクした気持ちは今でも忘れられません。私の二十代と三十代を過ごしたライブハウス。いろいろなライブを見て大いに刺激を受けたり、ここで出会ったたくさんの人の顔が思い出される大切な場所。ロフトグループを退職して5年が過ぎ、静岡に引っ越したためなかなかロフトに行くことはできませんが、樋口さんに声をかけてもらい今年の春にひさしぶりにライブに行く予定でした。長い戦いになるかもしれませんが、またライブに行けることが日常になったらロフトに行きたいし、やっぱりライブを生で見たいし、爆音で音楽を聴きたいし、ロッキンコミニュケーションがしたい! そのような日を1日でも早く迎えられるよう、今私ができることをしていきます。大事な場所をなくさないために。

ヤマモトショウ
僕は新宿ロフトでミュージシャンになりました。ここでライブをやりたいと思い、そして音楽をつくってステージに立つことができたこと、たくさんの方に自分のつくったものや自分の好きな音楽を発信できたことをとても誇りに思っています。そしてまた、そのステージでまた未来の音楽を表現しようと思っている人、そしてそれを目撃したいという人がたくさん待っているんだろうと、今またあの市松模様を思い浮かべながら想像しています。その日を楽しく迎えられるように、みなさんと一緒に新宿ロフトを応援できたらと思います。事態の一刻も早い収束とみなさんの健康を願っています。また新宿ロフトで会いましょう。

ヨイズ
僕が初めて新宿LOFTに出演させて頂いたのが確か高校生の頃でした。制服で歌舞伎町に行ったのを今でも覚えています。そこで初めて樋口さんに出会いました。前進バンド(赤色のグリッター)では共同企画やフェスを開催したりと、お世話になった思い出はキリがありません。前進バンドの解散後、しばらく音楽から離れようとしていた時に最初に手を差し伸べてくれたのも樋口さんでした。今のヨイズで僕が歌を歌えるのは新宿LOFTと樋口さんのお陰と言っても過言ではありません。またあの市松模様の床の上で歌を歌いたい。そう願うばかりです。そして何より、一日も早い新型コロナウイルス感染症の終息と、新宿LOFTに関わる全ての方々のご健康を心からお祈り申し上げます。
<佐藤リョウスケ>

米澤森人
ロフトの空気やステージ、そしてまだ分からないことも多い僕にも暖かく接してくださるスタッフの皆さんが本当に好きです。初めて出演してからまだ1年経っていませんが、僕の中で本当に大切な居場所になっています。昨夏、TEEN'S MUSIC CAMPではじめてのロフトのステージに立ったときの景色、秋の感謝祭の企画で自主制作CDが初めてお店に並んだときのこと、初めてお客さんに手渡せたときの嬉しさ、絶対に一生忘れないと思います。そしてこれからももっと沢山の思い出をロフトで作っていきたいです。もっと沢山の人に音楽を届けたいです。ロフトでまた歌える日を楽しみにしています。
ロフト、頑張って!!!

ラッパ我リヤ
いったい幾つのバンド、幾つのグループ、幾つのシンガー、幾つの理屈が、幾つのガチな瞬間が、あのステージで起こって来たのだろうか?『新宿ロフト』音楽屋を志した奴なら、いや、必ず聞いた事はあるはずだ。その老舗中の老舗の周年記念パーティーでライブをかました。そして、また、ぶちかます。ロフトは独特な空気だ。ラッパ我リヤでギッタンギッタンに盛り上がり倒し、最高な瞬間、最高にガチな瞬間が、あの、ステージには、有った。破壊王‼️今年の俺たちはヤバイぞー‼️2MC+1DJ ‼️昨今の流れが落ち着いたら、皆さんロフトで遊びましょう!!! まずはグッズを手に入れるのだ!
<Mr.Q>

LEARNERS
LEARNERSが最初にLOFTのステージに立った日の事を憶えている。このステージにこのバンドで立てた喜びを噛み締めながら思い切りライブをした。それ以降、激しい打ち上げも経験しLOFTらしさを存分に味あわせてもらってきています。「伝説の」と言われながら、いつの時もフラットにバンドを迎え入れてくれる懐深いライブハウスであるLOFTをメンバー一同、愛して止みません。微力ながら応援しております。

LUNKHEAD
新宿LOFTで初めてライブをしたのは17年前の5月だった。憧れの、そして念願のステージ。ビビり倒してショボいライブだったと思う。そこからどれだけの数、LOFTでライブをしただろうか。自主企画、ツアー、オールナイトイベント俺らが考えたレシピでフードやドリンクを作ってもらったりいろんなことをやったなあ。提案することは何でも一緒に面白がってやってくれた。 沢山のことを教えてもらった。沢山の出会いをもらった。思い出なんて言葉だけでは片付けられない本当に大切な人達、そして大切な場所です。俺らはまた必ずあのステージに立つ。負けるな!新宿LOFT!!
<小高芳太朗>

RUDE BONES
コロナで大変な時、ロフトも例外ではなく、支援グッズが発売されるとの事です。 ルードボーンズにとって、ロフトは最もお世話になっているライブハウスです。 ライブはもちろんですが、ワンファン(偶数月の第一土曜)という無料のスカイベントを二十年やらして頂いてます。そんなイベントまず無いです、ワンファンくらいでしょう。 ロフトには感謝しかありません。当時店長の東田さんに許可をもらったはず、その後、大塚さん、現在の柳沢さんに至っても、みんなが変わらずワンファンを大事にしてくれて います。ロフトは自分にとって大事なホームです。また、この騒動が落ち着いてライブやイベントを復活した時のために、この辛い時期を皆さんの協力で乗り切れたらと切に願います。 ロフトを救いましょう!何卒、よろしくお願いします。   <OKAWA>

WRENCH
憧れだった市松文様のステージに立つことが出来るようになってもう25.6年。小滝橋通りから歌舞伎町に移転した今現在もLOFTは日本のライブハウスの至宝です。数多の伝説がここで生まれ、これからもその歴史を更新していく聖地です。無くしてはならないし断固応援しています!

路地裏の僕たち
元気ですか〜!元気があれば何でもできる!行けばわかるさ〜ありがとう〜 樋口さんにお世話になってる、山梨県富士吉田市出身のアラフォーのおっさんでございます。新宿ロフトはバンドマン憧れのライブハウスであり、ここで、フジファブリック志村正彦も歩みだし、育てられ、彼の音楽人生の中でなくてはならない大切な場所だと思います。正彦がつないでくれた不思議なご縁で、同級生の僕たちが失礼ながら樋口さんと仲良くさせていただいております。本当に感謝しかありません。このような大変な状況で、厳しい現実だと思いますが、明るく前を向いて共に乗り越えていきましょう。ロフトと樋口さんに、富士山の麓から元気玉を送ります。追伸:ロフトがライブ再開できるようになったら必ず行きます。そして、富士吉田でもスナックでのカラオケをしましょうね。新宿ロフトは永久に不滅です。
<隊長 渡辺雅人>

ロリータ18号
こんな事になった。いままで当たり前にしていた好きな事が出来なくなった・・・だからこそ「当たり前」が愛おしい。ライブをやること。ライブに行く事。当たり前だと思っていたけど、実はとっても尊いことだった。恥ずかしいけど、それが改めてよく分かった。悔しいけど、この糞コロナが唯一教えてくれた事。だからアタシは思う。とにかくなんとか元気に生き延びて、損して得取れ、と。これを教訓にして、絶対に生きて、また新宿ロフトで楽しいライブをやる為に今の生活は自分だけでも最善を尽くす。それがきっと人の為にもなる。アタシは生きる。皆さん、また新宿ロフトで会いましょう!しかもバリバリ元気で。
追伸:ロフトスタッフの皆さま、いつもありがとうございます!何かロリータ18号がやれる事ありましたらいつでもHPにメール下さい。そしてまたライブお願いします! またお世話して下さい!ロフトのグッズ買うね。(その昔ロリータ18号はオーディションのテープ審査に2回落ちたけど・・・笑)
<石坂マサヨ>

渡辺隆之
LOFT、大好きなLOFT。次に子供が生まれたら名前は達郎LOFT。消えないLOFTの灯火。次会う時はLOFTの灯火で聖火リレー。

▲TOPへ戻る

コンタクト

営業自粛のため店舗は休業しておりますので、ご質問・お問い合わせ等はこちらまでお願いします。
件名は「Forever Shinjuku Loft」でお送り頂けますようお願いします。
お問い合わせ:loft@loft-prj.co.jp
▲TOPへ戻る

LOFT SUPPORTERS

※各画像をクリックすると拡大します



■MUSIC UNITES AGAINST COVID-19
https://savelivehouse.com

■LIVE HOUSE LIVE FORCE
http://liveforcelivehouse.com/#/

■【東北ライブハウス大作戦】
〜SAVE THE LIVEHOUSE作戦〜
http://livehouse-daisakusen.com

■「LOFT×HAT TRICKERS」DONATION T-SHIRS 《MELODIA BOOTICK》
http://melodia-bootick.com

■THEE MAKING CLAP STORY
http://tmcs.shop

■SWEET STRANGE SPANGLES支援コラボTシャツ
https://ssspangles.stores.jp

▲TOPへ戻る

アクセス

新宿ロフト
〒160-0021 東京都新宿区歌舞伎町1丁目12-9 タテハナビル
TEL:03-5272-0382
新宿ロフトweb http://www.loft-prj.co.jp/LOFT
新宿ロフトTwitter @SHINJUKULOFT



▲TOPへ戻る

Copyright 2007 SHINJUKU LOFT All Rights Reserved.