「ウシに耳標、ヒトに住基カード」
住基ネット本格稼動を許すな!

「ジョージ・オーウェルの書いた近未来小説『1984』では、全能の支配システム・ビッグブラザーが市民の生活すべてを常に監視する社会を描いている。この小説の執筆から半世紀、21世紀の日本では住基ネットをはじめ、盗聴法、監視カメラ、Nシステムなど様々な監視システムが整備され、ネットワークやデータベースを通 じて、個人の生活すべてがデータとして記録される時代が到来しようとしている──」
  2002年8月5日に第一次稼働を始めた住民基本台帳ネットワークシステム、略して「住基ネット」。一部の市区町村は住民のプライバシー流出の不安などを理由に住基ネットに不参加を表明し、大きな社会問題となったのも記憶に新しい。しかし、憲法違反(プライバシーや人格権の侵害)ではないのかといった多くの批判の声をよそに、ついに今年8月25日には住基ネット本格稼動が始まってしまった。 「全国どこでも住民票の写しが取得できる」「転出入の手続きが簡単」という、多くの人にとってはどうでもいいような利便性(しかし普通 、引っ越しなんてめったにしないよ…)をアピールし、あくまで強硬に住基ネットを推進する政府の本当の狙いとは一体何なのか?  昨年から活発に反対運動を展開し、この程ロフトシネマから発売されるビデオ『ディストピア!JAPAN 住基ネットがまねく監視社会』を監督した日本消費者連盟の吉村英二氏にお話を伺った。 (構成:加藤梅造/LOFT PROJECT)

いつも誰かに見られているっていう意識が内面化するのが一番の恐怖。
──吉村さんは反住基ネット連絡会として、昨年の住基ネット稼働前からずっと反対運動を展開しているわけですが、なぜ、もう稼働が始まってしまった住基ネットに対して未だに反対しているんですか?
●ひとつは今年8月25日を過ぎるまでは、住基ネットそのものは完成していないということで、もっと言うと8月25日を過ぎても、本当に完成したとは言えない。というのは、住基カードを国民全員が持って、それがいろんな用途で使われて、それこそ韓国みたいにカードがないと暮らしていけないような状況にならないと、本当の意味での住基ネット=国民総背番号制の完成にはならないんです。
──総務省としてはもっといろいろなことを考えているわけですね。
●当然そうでしょう。

街頭で住基ネット反対を訴える吉村英ニ氏

──今のところ、住基ネットで管理されるのは、コード、住所、氏名、性別 、生年日ぐらいじゃないですか。特に深刻なネガティヴ情報を管理されるわけでもないから、そのぐらいは別 にいいやっていう人が多いと思うんです。
●もちろん住基ネット自体にはたいした情報は入らないけど、今後、住基ネットの番号が本人確認のベースとしてあちこちで使われるようになり、いろんな情報にアクセスしやすくなっていく。つまり、様々な民間のデータベースが、住基コードでマッチングしやすくなるというのが一番の恐怖だね。
──つまり、住基コードを使ってネガティヴ情報やセンシティヴ情報にアクセスしやすくなると。でもそれって、そういうことをする奴が悪いのであって、住基ネットが悪いといふうにはなかなか捉えづらいと思うんです。
●確かに、例えばなにか契約をする時に、その人がどこの誰かっていうのは、住民基本台帳に基づいて確認するわけです。免許証や保険証だって住民基本台帳に載ってる情報に基づいて発行されるわけだから、結局、住民基本台帳がすべての本人確認のベースなわけですよ。世の中いろんな場面 で本人確認が必要になってくるわけだから、今後は11桁の住基コードを使うっていうのはむしろ当然の流れになっていくでしょう

──にもかかわらず住基ネットに反対する理由とは何なんでしょう?
●住基ネットの真の狙いとは、さっきも言ったように、住基コードに基づいた国民監視システムを完成させるところにある。そうなった場合、これは佐藤文明さんも言っていることなんだけど、監視社会が人々の中に内面 化していくことが一番恐いよね。
──内面化?
●自分がどこの誰だかみんながわかってる、つまりいつも誰かに見られているっていう意識、そうなると、何をするにしても自分で歯止めをかけるよね。政治的な集会には参加しないとか、危険なものには近づかないとか、とにかくはじけることができなくなる。
──そうなると生き方の問題になってきますね。俺は誰にも監視されたくないっていう人と、自分はまじめに生きてるんだから、むしろ他の奴も全員監視しろっていう人と。
●でもさあ、どんなにまじめに生きている人でも、いつどこで自分が何をしたのかを他人に全部知られていいとは思わないでしょう。だって、そんなの人間じゃないもん。
──あと利便性の問題もありますよね。ETC(註1)みたいに、多少監視されても便利だからOKっていう人は多いでしょう。
●便利というのは必ずしもいいことだとは限らない。例えば、寝たまま食事も仕事もなんでもできる生活っていうのは便利だけど楽しくはないよね。

──韓国なんかは住民カードが浸透してますが、どんな問題があるんでしょうか。
●カードを持ってないと生活に支障をきたすまでになっていて、極端に言えばカードのない人は人間扱いされない。俺、中学校の時、東京から埼玉 に引っ越したんだけど、その時びっくりしたのが、まず学生服に名札をつけなきゃいけない。あと、体操服にも何年何組何番の誰々っていうゼッケンをつけなきゃいけなくて、すげぇ気持ち悪いって思ったんだよ。つまりカードを持ってないと生きていけないっていうのは、中学生が常に名札を付けさせられてるのと同じだよね。
──まさに「ウシに耳標、ヒトに住基カード」の社会だ。
●もっと言っちゃうと、俺個人のプライバシーなんていうのはどうでもいいのよ。一番恐れるのは、さっきも言ったように、何をするのにもみんなが自己規制してしまって、クソつまらない世の中になってしまうことだよ。自己規制をするのが大人の証拠みたいになっちゃったら、そこで自由にふるまおうと思う人間は相対的に異端にならざるを得ない。それはかなり息苦しいし、嫌だよね。

『マイノリティ・リポート』のような監視社会はすぐ そこまで来ている。

歌舞伎町の至る所に50台も仕掛けられた監視カメラ。写 真はプラスワンのビルの上に設置されたもの。プラスワンに入る時は、顔を伏せる、カメラに向かって中指を立てるなどの対策を各自行って下さい。

──この前、映画『マイノリティ・リポート』(註2)を見たんです。あの映画の中では、超能力者が犯罪を予知した段階でその人を逮捕するという未来の超監視社会が描かれていますが、ああなったらみんなさすがにいやだと思うんですよね。
●でも、今だってみんな住基コード付けられても怒らないじゃない。
──それは、映画の世界と現実が全く別物だと思ってるからじゃないですか。
●さっき本人確認の話が出たけど、今の住基ネットのシステムではカードを持っていることで本人確認するわけだよね。でも、カードを持っている人が本当に本人かどうかは証明できない。写 真は貼っているけど兄弟かもしれないし、厳密に本人確認するのはすごく難しいんだ。そうすると結局は指紋とか虹彩 認証(註3)が必要ってことになってくるんだけど、現に今アメリカでは、2005年を目標にバイオメトリクス(生体認証)が付いてないパスポートは認めないっていう方針を出していて、それを受けて日本でもパスポートをICカード化してそこになんらかの生体認証を入れていこうってことになってる。それが虹彩 になるのか指紋になるのかわからないけど、『マイノリティ・リポート』の世界って実はすぐそこまで来てるんだよね。ほっといたら自然にああなっていく。


──そうか、そんなに先の話でもないんだ。
●監視カメラの問題もそうだけど、社会が流動化しているじゃない。国際化社会で、外国人はバンバン入ってくるし、昔みたいに向こう
三軒両隣りっいうのはなくなってしまった。それはコンビニで24時間何でも買えたり、どこにでも住めたりという、括弧 付きの自由のために共同体を壊してきたんだけど、その一方で昔のような安全はなくなってしまった。その対策として、昔のような顔見知り同士のコミュニケーションによる共同体じゃなくて、ITだとか番号だとかいう情報で、どこの誰かを確認していく。経済的、社会的な流動性を確保しつつ、国や地域の安全性を保てる枠組みをもてる方法としては、泳がしておいて監視する。そしてあるラインを越えそうになったら捕まえるっていう方法。それが一つのねらいなんだろうね。
──ただ、最近あった歌舞伎町の一斉摘発なんかは、やり過ぎだって声も多いですよね。
●犯罪を減らすとか言って歌舞伎町の監視カメラなんかやってるけど、そもそもさあ、歌舞伎町が恐いと思う人は来なければいいだけだと思うんだよね。自由とリスクは表裏一体なんだから、リスクを負いたくなければ不自由でいて下さいってことじゃん。 ──確かに、転ばぬ先の杖がないと何もできないというとても脆弱な社会になってる気がします。
●『マイノリティ・リポート』は犯罪予知が一つのテーマだったけど、現実世界でもそれは非常にホットなテーマで、今、日本でも国際的組織犯罪条約を理由に「共謀罪」(註4)を作ろうという動きになってるんだよね。
──それは「殺人予備罪」とは違うんですか?
●予備罪は実際にナイフを買ったりとかの実行行為がある場合に適用されるものだけど、共謀罪ってのは「あいつ殺しちゃおうぜ」って話しただけで罪になるんだよ。つまり犯罪捜査がどんどん前倒しになっていて、以前は犯行を準備した段階で罪になっていたのが、今は準備しようかって話しただけで捕まっちゃう。この前、知り合いの飲み屋のマスターが「そうなったら飲み屋なんかできないよ」って言ってたよ(笑)
歌舞伎町の至る所に50台も仕掛けられた監視カメラ。写真はプラスワンのビルの上に設置されたもの。プラスワンに入る時は、顔を伏せる、カメラに向かって中指を立てるなどの対策を各自行って下さい。
──「疑わしきはどんどん罰する」時代に逆もどりって感じですねぇ。

高性能カメラで構成した自動車のナンバー読み取り装置「Nシステム」。赤外線ストロボの発光で4ケタのナンバーを撮影し、車両を自動的にチェックする。

●ただ、そこで言いたいのは、この間のイラク戦争もそうだったけど、結局マッチポンプなわけじゃない。アメリカがフセインを育てておいて、言うこときかなくなったら殺っちゃえって。ビンラディンもそうだよね。外国人犯罪にしても、移民が増えれば犯罪も当然増えるのに、かといって外国人の受け入れはまともにしないで犯罪だけを取り締まる。結局、社会のあり方の問題だと思うんだよ。自由は欲しいけどリスクは負いたくない、国際化はしたいけど不安や危険は嫌だっていう「いいとこ取り」の発想でしか進んでいないのが今の政府のやり方だよね。確かにこの先本当に『マイノリティ・リポート』みたいな世の中になったら、さすがにみんな嫌だって思うかもしれないけど、その時はもう遅いんだよね。ああなったら反対もできないんだから。
──住基ネットで確実にその世界に近付いたわけですね。
●住基ネットの問題の一つとして、もちろんセキュリティの問題もあるんだけど、僕らはもっと根本的な問題として、そもそも人間に番号を付けること自体が違憲なんじゃないかと訴えている。このビデオ(『ディストピア!JAPAN 住基ネットがまねく監
視社会』)で言いたいのはやっぱり「監視社会」の問題なんだ。これを見ると、住基ネットがいかにして『マイノリティ・リポート』のような監視社会に繋がってくのかという所が非常によくわかると思います。

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(註1)ETC──高速道路などの自動料金収受システム
(註2)「マイノリティ・リポート」──トム・クルーズ主演、スピルバーグ監督。2054年の近未来を舞台に、テクノロジーで犯罪ゼロの社会を実現する超監視社会を描いている。超能力者が見た犯罪の予知夢から犯人を割り出し、その時点で逮捕状を出すというかなり恐ろしい設定だ。
(註3)虹彩認証──人の目の中の虹彩を使って本人確認をすること。虹彩の模様は双子でも別 で2才以降はほとんど変化しない。「マイノリティ・リポート」では、虹彩 認証で電車に乗れたり、ドアロックが開いたり、街中の広告が勝手に喋りかけてくるという場面 がある。
(註4)共謀罪──国際的組織犯罪条約批准の下準備のため、政府によって進められている憲法無視のとんでもない法律。実際に犯罪行為がなくとも、話しあったり相談したりするだけで懲役3〜5年の刑罰が科される。2ちゃんなどでうかつに「○○殺っちゃえ」なんて書いたら大変なことになるのだ。

★information☆

●住基ネット本格稼動記念!●
「ディストピア!JAPAN 住基ネットがまねく監視社会」 ビデオ発売のお知らせ&内容一部紹介
◆斉藤貴男(ジャーナリスト)
監視ツールとしてのシステムは、盗聴法であったり、監視カメラであったり、Nシステムであったりいろいろあるわけですが、住基ネットの住民票コードが、それらを全部串刺しにするマスターキーとして中心的なシステムとなる。これが僕ら自身のアイデンティティそのものにされてしまうわけです。これまで親あるいは親代わりの人などに付けてもらった名前は、今後は仲間内のニックネームでしかない。国や行政から見たら僕らは単なる番号なんです。



◆佐藤文明(戸籍研究家)  
一人一人に番号を付ける、みんなに外せない名札を付けるということが住基ネットの基本ですよね。その名札を使って今後いろいろなことをしようと。この番号というのは誰もが共通 に持たされる番号で、そこがこれまでの番号とは決定的に違うんです。これまでの番号とは一部の人が特別 なことをする時に付けられる番号ですが、住基ネットの番号は誰もが共通 に付いている。他の人からもあの人は持っているに違いないと推測できる番号ですから果 たす役割がこれまでと全く違いますね。結局、牛に付ける番号と人に付ける番号が同じものになる。牛が生まれてから死ぬ まで一つの番号で管理されるという発想と原点は同じであると考えていいわけです。


◆白石孝(プライバシーアクション)  
マレーシアでは日本に先攻してIC付きの住民カードが配られています。そこにはICチップの中に、指紋情報、血液型、DNA情報、パスポート、クレジット、運転免許などあらゆる情報が入っていて、カード1枚でその人の全生活が把握できる。






◆マッド・アマノ(パロディスト)  
住基ネットというのはいち人間に11桁の数字を打って番号化し、それを政府や自治体が管理するものですよね。それは便利な反面 、非常に恐ろしいものが含まれている。特にプライバシーが侵害されるということを、もっと我々自身が意識しないといけない。







『ディストピア!JAPAN 住基ネットがまねく監視社会』
(60分、VHS or DVD作品、\2940(税込))
出演:ザ・ニュースペーパー、マッド・アマノ、斉藤貴男、佐藤文明、小倉利丸、白石孝、他
監督:吉村英ニ  編集:宮城剛
制作:LOFT CINEMA ビデオのお問い合わせは
http://www.loft-prj.co.jp/webshop/plusone.html
または、03-5287-3766 LOFT PROJECT(加藤、宮城)まで