●吉永マサユキという名前を知らなくても、雑誌『BURST』に暴走族の写真を載せている人と言えば「ああ、それなら知ってる」と言う人はかなり多い。それほど吉永氏の写真は印象が強く一度見たら忘れられない。もちろん暴走族という特殊な素材を扱っているせいもあるが、それ以上に特徴的なのは、写真の中の少年少女達の真っすぐこちらに向けられた視線の強さだ。それは、ファッション誌でも活躍する吉永氏の確かなカメラ技術のほかに、カメラマンと被写体との間の信頼関係の強さが作品に大きな力を与えてからに違いない。
●その吉永氏の協力により、来る9月8日、ロフトプラスワンで暴走族の本音を聞くトークライブを開催することになった。タイトルは「青き表現者たち」。吉永氏は言う、暴走族の生き方とは日本の十代の若者の一つの表現なのだと。
●海外からも高く評価され、今最も勢いのある写真家・吉永マサユキ氏に、彼のこれまでの軌跡と暴走族への思いについて、是非とも話を聞かせてもらいたいと思いインタビューをお願いした。(取材/文:加藤梅造)
『こういうこともできるよ』
っていうのを写真で伝えたい
「自分は何やったらええか?っていうのを17歳ぐらいからずっと考えてたんです。それと、かなり早い時期から大阪を出ていきたいという気持ちもありました。大阪にいたらいつまでも同じ池で泳いでいるみたいな感じがして。もっといろんなものを見たいと。」
少年時代、大阪・十三ではかなりのゴンタ(不良)だったという吉永氏は、多くの不良少年がそうであるように、早くから「自分は何者なのか?」という問いを抱いていた。そして十代の後半、ひょんなきっかけから吉永氏は伊豆に行くことになる。
「その頃借金がたまってて、返すのもジャマくさいんでトンコかましたれと思って、ぽーんと大阪を出たんです。3万ぐらい持って出たんですけど、思ったよりも金がかかるというのに後で気付いた(笑)。伊豆はちょうど台風が去った後で波がすごくよかったんです。それでサーフィンとかしてたらあっという間に一週間ぐらい過ぎて、いよいよ帰る金がなくなってしまった(笑)」
そこで彼は仕方なく職安に行き、とあるホテルのクラブの職を得て、そのまま伊豆に居着くことになった。好きなサーフィンを思う存分楽しむ毎日だった。
「ただ、自分に一体何ができるんだろう?という気持ちはずっとあって、20歳ぐらいの時にまた転機があったんです。」
当時、イギリス人の女性と一緒に住んでいた吉永氏だが、傷害事件で逮捕されたこともあって、彼女とは離ればなれになっていた。釈放後、親の借金を返すためにしばらく佐川急便で働いた後、吉永氏は彼女に会うため、今度はぽーんとイギリスに渡ったのだ。結局、そのまま1年間ヨーロッパを放浪することになり、その旅中、彼は初めて写真というものを意識するようになる。
「渡英する時、もともとカメラは持ってませんでした。たまたま空港に見送りに来てくれたおばさんが、パリのエッフェル塔の写真を撮ってきてくれと言って、餞別に安売りの店でカメラを買ってくれたんです。」
放浪中、ドイツで出会ったある服飾デザイナーの女性に頼まれて、吉永氏は旅行中撮った写真を何度か彼女に送ることになった。それを見た彼女が吉永氏の写真を絶賛したのだ。これまで写真の勉強などしたことのない彼にとってそれは意外なことだったが、子供の頃から知らない場所をブラブラするのが好きだった吉永氏には、「見る」という行為における何か先天的な才能が備わっていたのかもしれない。しかし、帰国した彼はまだ写真にのめり込むことはなかった。
「いろいろな仕事を探しているうちに、これだと思ったのが児童福祉士だったんです。それで大検を取って、仏教大学の社会福祉学科に行ったんです。そして授業で実習に行くんですが、その時『ああ、この仕事は俺にはできないな』と思ってしまった。福祉の現場では、国からの助成金を待つだけで、結局自分一人ができることがすごく限られてると感じてしまったんです」
大学を休学し再び海外を放浪した吉永氏は、次第に写真というものに惹かれていくようになる。そして大阪に戻ってきてから、昼間は土方をしながら、夜間の写真専門学校に通うようになった。しかし彼は児童福祉士になるという目標を捨てたわけではない。カメラという表現手段を手にした吉永氏は彼独自のやり方で福祉に挑戦したのだ。
「結局やってることは児童福祉と一緒だと思うんです。僕は暴走族の子らに『こうしなきゃいけない』ってことは言わない。背中を見せるっていうか、例えば、自分の撮った写真が載った雑誌を見せて、『こういうこともできるよ』っていうのを写真で伝えたいと思っているんです。まあ、僕自身そうでしたけど、彼らには注意してもわからないですから。いくつかの道さえ示してやれば、いずれ本人らが勝手に選ぶと思うんです」
「将来、老人がますます増えていきますよね。老人っていうのは弱い存在だけど金は持ってる。だからそれを食い物にしようとする奴は必ず出てくるだろうし、そういった事実を世間に知らせるっていうのは写真をやってればできますからね。」
しかし、なぜ吉永氏は福祉という仕事にこだわり続けるのか?
「自分が恵まれてなかったからでしょうね。それは僕の周りにもそういう奴がいっぱいいて、社会の理不尽みたいなのは子供の頃から感じてましたから。差別や人間としてやっちゃいけないことはたくさんあったし、そういうものを駆逐したいというのはその頃ずっと思ってました。それで警察官になろうと思った時期もあったんです。でも結局、警察官は汚い大人の一人だったから。それで、当時一番きれいだと思ったのが、地域の民生委員のおばさんや保護士さんだったんです。」
「児童福祉の対象になるのは、だいたい不良か家庭環境がめぐまれてない子供が多いんですけど、そういう子の気持ちを一番わかってやれるのは、彼らの環境をよく知ってる者なんです。人間関係や情を抜きに、杓子定規でいい・わるいを判断しても、根本的な解決にはならない。もちろん簡単には解決できないけど、それをなんとかしてやろうとしてくれる人間が身近にいることによって、すごく救われる気持ちになると思うんです。そういう人間になれればなあというのが僕の出発点ですね。」
吉永氏の父親はヤクザで彼が生まれた時は刑務所に入っていたという。自分はヤクザになってもおかしくなかったという吉永氏は、しかし結局そうなることはなかった。
「やっぱり人に助けられたと思います。高校の時、学費が払えない僕の代わりに学費をはらってくれた先生がいたんです。もちろん僕とは育ってきた環境も違うし、どうしてもわかり合えない所はある。だけどわかろうと努力してくれた。そういう人がいたことで自分が素直になれたっていうのはありました。ひねくれてしまうのは簡単なんです。周りにそういう友達が多かったからよくわかる。でも、『まあ、それやったらしゃーないなぁ』って人に言われてしまうのって悲しいじゃないですか。自分の人生アカンっていうのを自分で認めてあきらめてしまう、それがすごく悲しかったんです。」
(撮影:吉永マサユキ)
平等に扱えってことです
一昨年出された写真集『申し訳ございません』は、これまでの吉永マサユキの集大成ともいえる内容となっている。暴走族、ヤクザ、ギャング、労働者からロッカー、ドラァグ・クイーン、コスプレイヤーまで、主に社会から外れた者たちが実に活き活きと生命力豊かに写っている。この圧倒的な豊かさは、吉永氏の被写体に向けられた愛情の豊かさでもある。吉永氏の朋友・林文浩氏はこの写真集のあとがきで次のように解説している。
「彼ほど人間が好きな人はいない。そして、何かの要因によって社会から疎外されている人々や社会的弱者、差別を受けている人々に対して、本当の意味での優しい眼差しを向ける。それには、彼自身の育った環境も大きく影響しているのだろうが、彼が考える全ての人間は本質において平等であるという考え方から来る部分も大きい。」
戦後民主主義が唱える建前上の「平等」とは異なる、人間が本来持つ「情」を基点とした吉永氏の平等な視線──これこそが、一見クールなのにどこか不思議な温かみを持つ吉永マサユキの写真の魅力であるに違いない。ただ間違えてほしくないのは、吉永氏は暴走族などのアウトサイダーを一方的に礼賛しているわけではない。現在の社会があまりにもそうした存在に差別的な状況に対して異議申し立てをしているのだ。
「平等に扱えってことです。どちらかに偏ってるから、こっちも偏ってやるってだけ。忘れてもらっては困るのが、暴走族をやっている連中は子供だという事実です。要するにまだ社会を知る以前なんです。そういう子達をスケープゴートのように叩くことに何の意味があるのかって思います。例えば、葛西で一般人が暴走族に殺されたっていう報道があったんですけど、調べてみるとその殺された人っていうのは明らかにヤクザなんですよ。それが報道では隠蔽されていて一方的に暴走族が悪いように情報操作されている。そんなことしてお前ら恥ずかしくないのかって思いますよね。僕は彼らの写真を撮りそれを見てもらうことで「彼らはこういう子供なんですよ」っていう現実を伝えたいんです。何も脚色したりしないで、ありのままの姿を見て欲しいと思いますね。社会があまりにも闇の部分として覆い隠そうとするから、僕はそこにスポットライトを当てて、ちゃんとよく見てくれよって言いたいんです。」
吉永氏が今回のトークライブを企画した一番の理由は、とかくイメージのみで語られる暴走族という存在を、自分自身の目と耳で体感し、その上で冷静に判断して欲しいという思いがあるからではないだろうか。
「暴走族をやっている子らは確かに気丈な子が多いし、人として生きている中で、間違った事や行き過ぎた部分もあるのは事実だと思います。それにしても間違った報道や一方的な取り上げられ方が多く、またそれを鵜呑みにしている人も多い。人間っていうのは、自分が相手の立場に立って、もうちょっと隣人を理解しようと努力してみれば、向こうも同じようにこちらに歩み寄ってくるものじゃないですか。それをまず大人がちゃんとやらなければいけないと思いますね。」
(撮影:吉永マサユキ)
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