儚くも美しい流転の軌跡
2004年のジャパニーズ・ロック・シーンに衝撃が走った出来事として記憶に新しいのが、大江慎也の復活と、オリジナル・ルースターズのフジロック・ラストライヴだった。
ルースターズの初代リーダー&ヴォーカリストの大江慎也は、1991年に音楽活動を停止して以降、生きながら伝説として語り継がれる存在だったが、2003年ぐらいから活動を再開し、遂に昨年、鶴川仁美(元ザ・ロッカーズ)、小串謙一、坂田紳一(元サンハウス)という強力な布陣によるバンドUN〈アン〉として14年ぶりのアルバムをリリースした。またUNの活動と平行して、花田裕之、井上富雄、池畑潤二という初代メンバーによるルースターズを再結成。フジロックで“LAST
LIVE”を行い、自らその神話を甦らせ、そして封印した。
日本のロック史に永遠の刻印を残したルースターズだが、活動当時(1980〜1988年)を振り返ってみると、特にメガ・ヒットを放ったわけでもなく、武道館やスタジアム・ライヴとも無縁で、そのバンド名はロック・ファンの間でのみ熱烈に語られる存在だった。旧譜(レコード)のCD化すら不完全な状態が続き、それ故にか杜撰なブート作品が横行していた時期もあった。しかし、昨年、ルースターズの全ディスコグラフィと未発表作品を網羅したBOXセット『VIRUS
SECURITY』が登場することで、長らくメンバーとファンを悩ませ続けたブート問題に完全にケリがついた形となった。
そしていよいよとも言うべきか、今度はルースターズ各メンバーのソロ・ワークスを復刻・再構築するプロジェクトがレコード会社5社の共同で始動することになった。レコード会社の枠を越えた、有志達によるルースターズへの熱き思いをまずは素直に喜びたい。もちろんロックの歴史を語る上でも重要なプロジェクトとなるだろう。
復刻プロジェクト第1弾となるのが、大江慎也ソロ・ワークス4タイトルのリリースだ。ソロ・デビュー作『ROOKIE
TONITE』、2nd『HUMAN BEING』、3rd『BLOOD』のリマスター盤と、映像作品『Will
Power』のDVDリリースだ。それでは今回復刻となる4作品について、それぞれ簡単に見ていきたい。
そのジャケット写真と共に、ルースターズ・ファンの心に残る記念すべき大江ソロ・デビュー作品。ファンにとっては当時まさに待望のリリースだった。大江が精神的な限界からルースターズを脱退したのが1985年。その後1年間は完全な休業期間となっていた。ルースターズのほうは花田裕之がリーダーとして活動することになり、もしかして大江はこのまま引退するのかという危惧さえあった。そんな大江が久しぶりに人前で歌ったのは、86年4月に1984のライヴにゲスト参加した時だった。1984とは映画『爆裂都市』のサントラを作るために結成されたユニットで、ルースターズのメンバーの他、デビュー以来ずっとルースターズをプロデュースしていた柏木省三、後にルースターズのキーボーディストとなる安藤広一などがメンバーだった。86年当時、1984は柏木を中心とする実験的なバンドという存在だったが、大江が復帰して以降は大江のバック・バンドとして活動していく。こうして柏木省三が大江のソロをプロデュースしていくことになるのだが、この柏木の存在が、大江のソロを語る上で様々な波紋を呼ぶことになるのだが、それは後述したい。
1984のアルバム『Birth Of Gel』(1986年)にゲスト参加した後、いよいよ大江が復帰第1弾としてリリースしたのがこの『ROOKIE
TONITE』。“ルーキー”という言葉に表れているように、大江が心機一転して音楽に取り組む姿が瑞々しく記されている傑作だ。大江が療養中に病院のベッドで書いたという1曲目「KALEIDSCOPE」を初めて聴いた時の衝撃は未だに忘れられない。前につんのめった性急なギター・サウンドと『DIS』以降顕著な深く沈み込んだ心象世界が解き放たれたような開放感を持つこの曲は間違いなく大江作品の傑作のひとつであり、ソロの幕開けを飾るに相応しい曲だ。他にも「SO
ALONE」「VISIONS OF DUSK WORLD」など大江作品を語る上で重要な曲も多い。恒例のカヴァーでは「VENUS
IN FURS」(The Velvet Underground)を取り上げているのだが、原曲の暗黒面
を10倍増しにしたような変貌ぶりに驚く。大江ルースターズの後期作品『DIS』『φ(PHY)』の世界観に魅了された者にとって、『ROOKIE
TONITE』は『φ(PHY)』の延長線上に存在する作品としてじっくりと聴くことができるだろう。但し、『φ(PHY)』でも指摘されたような柏木のオーヴァー・プロデュースぶりが、大江ソロ・ワークスの負の側面
を暗示させるともいえる。
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『BLOOD』
(1988年作品)
COCP-50859 / 2,625yen (tax in)
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デビュー作で順調なスタートを切ったソロ・ワークス第2弾。この作品も1曲目がキー・チューンとなっている。その1曲目「LOVE
LOVE LOVE」は『GOOD DREAMS』の世界観を継承したような曲で、夢の世界を現実の‘愛’として認識しようとする大江の心の吐露があまりにも美しく結晶している。全体的にポップな感じになり、前作よりも聴きやすさは増した。カヴァー曲「STAND
BY ME」(Ben E. King)が1曲目と対になっているかのようで、アルバムの最後を盛り上げている。但し、「DROOPING
AFFECTION」など曲はいいが、大江の不在感が気になる曲もあり、少し不安な面
も感じさせる1枚。
大江の顔を油絵風に描いたジャケットは、ルースターズの『C.M.C.』を連想させるが、『C.M.C.』が大江の精神的な休養時にライヴ音源を足して無理にリリースされたように、この『BLOOD』も大江の不在感が顕著になった1枚。但し『C.M.C.』と異なるのは、『BLOOD』の場合、アルバム・トータルとしてよくまとまっている所。キー・チューンの「BLOOD+SOUL」も後期ニュー・ウェイヴを象徴するような名曲。但し、柏木省三の世界観を大江が代わりに歌っているといった印象なのだ。当時、アルバム発売ライヴに行ったのだが、最後に「しばらくライヴはしません」と言われた時、相当いやな予感がしたことをよく憶えている。
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『Will
Power』
(1990年作品)
COBA-50856 [DVD] / 3,675yen (tax in)
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アルバム『Will Power』の発売と同時期にVHSで発売された映像作品。当時少量
のみしか流通しなかった幻の作品だ。アルバム制作をドキュメンタリー風に捉えた場面
やプロモ風のライヴ映像などからなり、映像作品としてはよくできている。インタビューで自身がルースターズ期に陥った精神失調のことを語っているのだが、皮肉にも『Will
Power』発売後に数本のライヴを行った大江は、その後、長い活動停止期間を迎えることになる。そんな経緯もあって長い間見返してなかったが、今ならもっと冷静に作品を楽しめるのではないかと思う。
以上はあくまで僕の私見での感想なので、もちろん聴く人によって評価も変わるだろう。いずれにせよ今回復刻される作品群は当時インディーズ流通
だったこともあり、ルースターズ・ファンの中にも聴いてない人が結構多いはずだ。この機会に是非一度聴いて欲しいと思う。そして、この後に控える花田裕之、池畑潤二、井上富雄、下山
淳の各作品の復刻も楽しみに待ちたい。(TEXT:加藤梅造)
*上記の大江ソロ作品はすべてCOLUMBIA/TRIADより6月22日に発売。
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