<人生60年は夢のごとく……>
かの俳人・種田山頭火は言う。「今日一日の生活。それが私の生活の一切だ。昨日は忘れ明日は考えない」。柄にもなく、まるでホームレス諸君のように暮らすことを夢見、「葬式無用・戒名無用」と遺言した偉大な白州次郎にあやかり、「散骨……緑の山に・蒼き海に・おいらの骨……風に散れ! 植物人間拒否!」と自分の書斎の壁にマジックで書き殴ってみた。
おっと、このコラムも100回記念か? とは言いながら別になんの感傷もない。山頭火のように生きることも出来ず、人生何かやり残してしまったことだらけ。いつオッ死んでもおかしくない年になった重圧が辛い。そんなことばかりが脳裏に浮かんできて、まあとにかく、こんなジジイのコラムを読んでくれるそう、あんたに感謝だよ、感謝。
<おいおい、血圧が200ミリに上がったよ……>
先日のサッカーワールドカップ「日本対オーストラリア戦」を一人ビール飲みながら観ていて、知らず知らずの内にスイッチが入り興奮しまくっていた。それで日本の負けが決まってがっかりして、(本当は大好きなくせに)何か無性に腹が立って、頭に血が上りジーコに、高原に「ばかやろ〜」って……。
それで「あっ、ちょっとヤバいかな?」と思って血圧を測ったら、上が200を超えていた。200を超えたのは初めてだ(だからまずいんだよ、興奮するのは……)。次の日医者に行って事情を話したら、「平野さん、日本が勝つと思うからいけないんだよ。勝てるわけないじゃない」て言われて終わり。なんて無責任な医者だ(笑)。
酒をやめ三食ちゃんと食べて、ラーメンの汁は飲まないで、醤油や梅干しやお新香を控える。そして何よりも「怒る」事をやめればいいのか? そんな忠告、どうやって実行したらいいのかわたしゃ自信がないな。
<元PIERROTのキリト氏との対談>
|
▲なんとお互い上品だこと。これも豪華な会議室のせいだ。こういう所で話すと発想が変わるのが不思議 |
とにかくこの週、血圧が上がりそうな事がたくさんありそうで、実に不安な毎日だった。次の日、元PIERROTのキリト氏との対談会場は、なんと六本木のavexの会議室だった。凄いね、お金持ちの会社は。座る椅子一つとっても「10万はするんじゃないか?」ってぐらい立派だ。倉庫兼事務所兼ネイキッドロフト出演者控え室の、ロフトヘッド(反吐?)オフィスとは違うね。だってV6のレコードを出しているところだよ。同行したジャニーズファンの『Rooftop』編集部のやまだ嬢が興奮していたよ。「おい、ジャニーズのコンサートの券もらって来いよ」って言ったら、「そんなこと恐れ多くって言えるわけないじゃないですか」だってさ。出入りする青年達もJ-POP界のエリート、みんな上品そうな顔していたな。
それでとにかくわたしゃ、興奮しないように気をつけた。さすがビジュアル界のスーパースター。キリトは終始穏やかな青年で安心したよ。「サンボマスターと平野さんの対談読ませて頂きましたが、あれってほとんど喧嘩ですよね。僕はああいうスタンスでは対談出来ませんから……」って、始めに予防線を張られてしまった。まあおかげで身の危険を感じずに済んだ。これがあの恐怖の(?)サンボマスターの山口君や、あるいは銀杏BOYZの峯田君だったら、興奮して死んでたかも(笑)。わたしゃ、最近読んだ一番の名著、新右翼の大物、一水会の鈴木邦男さんの『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)をキリト氏にプレゼントした。彼にはあの元X-JAPANのYOSHIKIように、「自称」愛国者の前で「天皇即位の奉祝曲」なんて演奏して欲しくなかったからね。詳しくは今月号の巻頭対談を読んで下さい。
<世田谷“土建屋:区長との対決>
|
▲デザイナーアカセの会心の作・Rock on the Rock'06のTシャツ。初めてロフトのTシャツを買った |
次の15日は、世田谷区の土建屋区長との「対決」だった。下北沢に、血税使って幅26メートルの環七クラスの道路を造り、街をぶっ壊そうとしているのをなんとしても阻止しなければならない。そのために活動する「save the 下北沢」のメンバーと区長が話し合いがセッティングされていた。
わたしゃ、33年前に下北で最初のライブハウス・下北沢ロフトを出して、演劇の街にロック文化を持ち込んだ張本人でもあり、今は下北沢SHELTERを経営している。だがそんなことよりも、若い諸君が一銭の得にもならないのに、世田谷区とゼネコンが仕組んだ無謀な「道路計画」に反対していることに感動し、運動に参加することにした。あの下北の老舗ジャズライブハウス・LADY JANEの大木雄高さんとともに、「54号線を見直す下北沢商業者協議会」を立ち上げ、下北沢の商店主達に声をかけたら、なんと一カ月もしないうちに510店舗もの賛同店を獲得できたんだよ。
さて、話し合い前日の対策会議では、「あのさ〜、平野さんのキャラは暴れることだから、まあそれは誰も止められないとして、その後一体誰がちゃんとした話し合いに持って行くかだよな〜」と、「save the 下北沢」会長の金子さんに言われ、「おりゃ〜絶対怒らないゾ」って固く誓った。
それで区長室での対決の結果は……、「道路計画の変更はありません」だとさ。このままだと下北沢は大手町みたいな無味乾燥な街になってしまうよ。この狸オヤジに頭に来て区長室の机ひっくり返して帰って来ようと思ったけど、「血圧の関係上」やめたのは至極残念だったな。この運動は、曽我部恵一さんや大熊亘さんなんかの多くのミュージシャンが参加してくれているし、リリー・フランキーさんや黒田征太郎さんデザインのTシャツも出来た。フジロックのNGOビレッジにも参加するので、下北が好きな人は署名ぐらいしておくれ。
※前号まで連載の「沖縄本島ママチャリ紀行」の続きは、『オキナワ放浪宿ガイド120』(編集:ロフトブックス/発行:山と渓谷社/税込1260円)でどうぞ。全国書店、ロフトプラスワン、Naked Loft、ロフトWeb shopにて発売中。
LOFT BOOKSホームページ
今月の米子♥
りりしくたくましく成長したもんだ。最近はカラスに戦いを挑むことだってあるのだ
ロフト35年史戦記 第17回新宿ロフト風雲録(1980年〜)
ROCK IS LOFTコンピレーションアルバム絵巻
やっと夜が明け始めた。梅雨のうっとうしい6月、朝靄と霧状の雨の中、私は一人ベランダに出た。心の底から「疲れた!」と、何十年ぶりかに感じ、すぐにはとても眠りにつけそうにないなと痛感していた。私は、昨夜届けられたばかりの、150曲にものぼるコンピレーションアルバム『ROCK IS LOFT』(5社5タイトル、各2枚組)を前日夜から聴き始め、翌朝までかかってやっと全て聴き終わったばかりだった。
この10枚のアルバムは、まさに新宿のビルの隙間に貝殻のようにへばりついた、ロフトという澱んだ地下室の30年にもおよぶ歴史そのものだった。狭く汚い空間、市松模様のステージ、つり下げられた巨大なスピーカー、落書きだらけの楽屋にしみこんだ汗とエネルギー。そこにはロックロールな青春の数々が無数に、キラキラと宝石のように刻まれていた。
私がまだ聴いたことや観たこともない若いバンドや曲も収録されていたが、その刹那と永遠、全てと個がこれらのアルバムに凝縮されているのだと感じた。だからこそ私は、その一曲一曲を──好きA¨?嫌いは別として──何かしら郷愁の思いを持って聴くしかなかった。
30年もの歳月の間には色々な事件やドラマもあった。参加してくれた表現者はもちろん、「俺もお前もロックバカ」って言い続け、安い給料で働いてくれた従業員やスタッフ、そしてそれを支えてくれた聴衆。それらの一人一人に、「ありがとう、ご苦労さん」という思いを感じながら、61歳の夜は更けて行ったのだった。10枚にもおよぶアルバムを一気に聴き終わり、「新宿ロフト30年か? ロフトもようここまで走って来たよな」と、まさに「継続は偉大なり」と思うことしきりであった。
日本のロックの黎明期、細野晴臣さんや大瀧詠一さんを信じ、坂本龍一や山下達郎や浜田省吾、ムーンライダースを応援した。パンクムーブメントには未来を展望し、ハードコアの連中には、「もう、これ以上の破壊はやめてくれ!」って願いもした。
先日活動停止してしまったARBの石橋凌やキースを哀しい気持ちとともに思い出す。どうしようもないほど“不良”だった新人バンド「暴威」の、せいたかノッポのギタリスト、布袋寅泰のギターフレーズは動けなくなるほどの衝撃だった。国鉄労働者の青いナッパ服を着た、アナーキーのモヒカンの茂、あいつまだ頑張ってるよな。ここ数年、奇跡のようにお客さんを再結集させ、全盛期を彷佛とさせる勢いがあるニューロティカの井上アツシ。一昨年夏、十数年ぶりに私の前に突如現れた40歳を過ぎたルースターズの大江慎也。この30年が走馬燈のように駆けめぐるのをとめようがなかった。
このコンピレーションCDの一枚一枚、いや一曲一曲に、涙なくしては語れない数々のストーリーやドラマがある。私はそれらから多くの勇気を貰い、揺れ動く世界と日本の事象の数々を、抽象的ではあるが思い出させてくれたような気がした。
『ROCK is LOFT』
コロムビア / ソニー / 東芝EMI / ビクター / ユニバーサルより各社2枚組3000円で絶賛発売中!!
新宿LOFT 30th Anniversary
http://www.loft-prj.co.jp/LOFT/30th/index.html
格差社会の底辺にいる若者よ、なぜ怒らないのだ!
これこそ日本のロックの歴史そのものであると思わせられたこのアルバムお耳にして、私は言いたいこと、特に若いロックファンのみんなに言いたいことがあり過ぎるほどある。
もう日本にロックが輸入されて40年が過ぎようとしている。そのロックが歩んできた「抵抗の歴史」を、一つ一つひもとく必要があるんじゃないか。ロックは生々しい時代の産物だ。値札を付けて陳列された単なる「商品」を売るのとはわけが違う。広告料とバーターの音楽記事は沢山だ。やはり、「21世紀、日本のロックはどうあるべきか?」を、もう一度問い直す必要がある。過去の歴史の積み重ねの上に現在がある。頭をあっちにゴツン、こっちにゴツンとぶつけながら、ロックは「ただ聞くだけ=楽しければそれでいい」時代から、「新しい時代を創造し、語り、それを検証する」時代に来たのではないだろうか。
確かに音楽評論家の小野島大さんが言うように、「ロックが反権力だなんて今や冗談にしかならい」というのもよくわかる。しかし本当に、ロックは今やジャズやクラシックのように観賞用としてしか機能していないのだろうか?
サンボマスターの山口君は、私との対談でこう語った。
「平野さん(の時代)は丘の向こうに絶望があったわけ。俺たちは玄関に来ちゃってるんだもん。デリヘルみたく。チェンジとも言えないよね(笑)」(「サンボマスターと平野悠対談の全てをロックンロールと呼べ!」『Rooftop』2006年4月号)。
彼のこの言葉に象徴されるように、今の時代は極めてヤバいところに来ていると思う。私がこの数年こだわり続けている、「9・11アメリカ同時多発テロ以降の世界に、僕らはどう生き、ロックはどうあるべきか?」というテーマについて、真摯に語り、考えるべきだと思うのだ。
あくまで私見だが、残念ながら日本のロックは、この激動の時代に何の変化も感じられず、戦争や平和の問題に関して積極的に働きかけることもなく、実に不自然だと言い切らざるを得ない。そこらの政治家や評論家が何百回、持論を力説してもA¨?そんなものはなかなか若者には届かないが、ロックの表現者が醸し出すフレーズやメッセージの一つ一つは、確実に若者達に深く伝わり深く沈殿するにも関わらず、だ。
あのアフガニスタンやイラクへ明らかに不当な侵攻を強行したアメリカですら、100万人規模のデモが行われている。フランスやチリ、ニュージーランド、東南アジア各国でも、若者や表現者が為政者の不正義に対して街頭に出て抗議し、法案等を変えさせることに成功している。しかし日本では、政治はアホの2世3世議員どものさばる自民党の一人勝ちだし、そんなヤツらが憲法論議や教育論議、平成の治安維持法と称される「共謀罪」などを議論している。「惰眠をむさぼっている日本の若者よ、怒れ! 合コンと就職活動に明け暮れている大学生よ、立ち上がれ!」と、私は老婆心ながら切に思うのだ。
30周年は新宿ロフトで始まり新宿ロフトで終わる
昨年夏、私は社長の小林さんから新宿ロフト30周年イベントの相談を受けた。
「悠さん、来年は新宿ロフト30周年なんですよね。10周年は新宿厚生年金会館でライブをやり、20周年はあこがれの武道館で記念ライブをやりましたよね。30周年はどうしましょう?」
「そうか、武道館の次のステップといえば東京ドームしかないよな。でもね、いちライブハウスがそんなステイタスを誇ってどうなるんだろう? そういう『なんとか記念』って俺はあまり好きではないし、ドームでやったからって何かロックが変わるとか世の中が少しでもよくなるわけじゃない。まあ採算も合わせなければきついし、出演してもらうバンドの選別も難しい。10年前の武道館の時、『何で俺達は呼んでくれなかったんだ』って、結構出演できなかったバンドの恨みを買ったじゃない?」
「じゃあ、ロフトの基本的な居場所は新宿なんだから、新宿コマ劇場を借りてやりますか? 今、QUEENの曲を使ったミュージカル『WE WILL ROCK YOU』をコマでやっているじゃないですか? 2〜3日借りるのって不可能じゃないと思います。歌舞伎町商店街も応援してくれると思うし……」
「会場費や持ち込みPA照明なんか入れると、一日の入場料を1万円ぐらいとってキャパ2000ぐらいのコマ劇場を毎日ほぼ満杯にしなければ赤字になるんじゃないかな。それだけのお金と時間かけて、俺たちや表現者に一体何がのこるというの?」
もうロックの現場から長いこと遠ざかっている私は、この新宿ロフト30周年記念イベントに関してはほとんど白紙の状態であった。そして、最終的には、新宿ロフトで始まり新宿ロフトで終わる30周年記念ライブシリーズ、「ROCK OF AGES 2006」を開催することになったのだ。
1月から12月まで一年間かけて、新宿ロフトの30年にもおよぶロックシーンを再現する。毎月約一週間をアニバーサリーウィークとし、これまでロフトを支えて来てくれたあらゆる世代のアーティスト達が次々に登場するのだ。
私はこのイベントにはなるべく足を運ぶようにしている。そして現場で、もう二度とステージを観ることが出来ないと思っていた、沢山の表現者に再会した。すでに多くのミュージシャンは40歳を越えている。この日のために「再結成」してくれたバンドもいくつかあるのには感激しまくりだった。
でもね、これがみんな凄いんだよ。みんなパワーがあってロックンロールしている。彼らのサウンドはマジに今でも充分通用するんだ。ロフトで働く若いスタッフなんか、みんなビックリしている。
「昔、俺もロッカーだったよな?」なんていう、今や給料配達人のくたびれた中年諸君、是非来ておくれ。そして若い諸君、彼らの演奏を肌で感じて明日につなげておくれ。
あの150曲にものぼる偉大なる楽曲群を聴いた後なので、何かテンションが上がりっぱなしで一気に書き連ねてしまった。書き終えたあとで読み直してみると、アジテーションっぽくて恥ずかしいのだが、勘弁して下さい。
来月は新宿ロフト2代目店長・長沢幹夫氏(現下北沢ロフトオーナー)のインタビューです。さてあの何があってもおかしくない時代のヤバい話がどのくらい出てくるのか、乞う御期待。
(以下次号に続く)
「ロフト紳士淑女録 Who are you? 〜SHINJUKU LOFT 30TH ANIVERSARY LIVEより〜」
(写真左から)ムッシュかまやつ(撮影:オオワタリヨウコ) / 白井良明 / 森若香織(撮影:鈴木公平) / TENSAW(撮影:オオワタリヨウコ) / 増子直純(撮影:オオワタリヨウコ)
ロフト席亭 平野 悠
|