戻る場所は宙ブラリしかなかったんです
──前作『怒り』からこの『アイアイアイ』発表に至るまでは、宙ブラリにとってまさに激動の3年間だったと思うんですが。
南 謙一(歌/ギター):そうだね、メンバーも替わったしね。『怒り』を出してからツアーに行ったり、曲作りをしたり、何やかんややってるうちに、ベースが抜けて、入って…もう3年も経ったのかっていう感じ。
──'01年暮れに脱退した志賀さんが'04年暮れに再加入されて。
南:(原田)真悟が抜けてメンバー募集をして、オーディションを大々的にやろうと思ったんだけど、全然人が集まらなかったんだよ(笑)。
志賀智範(ベース):そのオーディションにやって来たのが僕一人だけだったんですよ(笑)。
山口重之(ドラム):そう、どこからか風の噂を聞きつけてやって来た(笑)。
──志賀さんは宙ブラリを休んでいた時は何をやっていたんですか?
志賀:いやぁ、普通に引きこもってただけですよ。流行りに乗っかるのが好きなんで、ニートをやろうと(笑)。最初は働きもしたんですけど、社会適応能力が皆無なことに気付きまして。その間はずっとベースも弾いてなかったんです。再加入してベースを弾こうとしたらカビが生えてたっていうくらい(笑)。
──もう一度宙ブラリで音楽をやろうと思ったのは?
志賀:前によくライヴを観に来てくれた女性から「ホームページ見てよ、原田君が辞めるよ」ってメールを貰って、「家から出ないと!」って思ったんです。原田君が辞めなければまだずーっと引きこもってたと思いますね。まぁ、結局はここしか戻る場所がなかったんで…。ってイヤだな、何だかロックやってる熱い人みたいじゃないですか(照笑)。
南:やっぱりグッチャンも志賀も、気を遣わなくて済む間柄だからね。何でも言い合えるし。志賀が戻ってきた当初はお試し期間っていうかさ、しばらくは様子を見ようとした。音はどうでもなるなっていうのがあって、性格とか相性とか、そういうのを重視したね。でも、もう半年くらいで大丈夫だと思った。音源もすぐに出したかったけど、まずはバンドの地固めが必要だったからね。
──今回、“POLYTHM RECORDS”という自身のレーベルを立ち上げての再出発ですね。
南:まぁ、この3人で最初に出した音源も完全自主だったんだけどね。今回はCLUB251がプロデュースするレーベル“Troll music”に世話になって。プロデュースを買って出てくれた251店長の河崎(雅光)とは十年来の付き合いで、「一度何か一緒にやりたいよね」っていうのを前からずっと話してて、それなら今がその絶好のタイミングだと思った。今回はやっぱり、全幅の信頼を寄せられる、気心の知れたスタッフとワイワイやりながら作れたのが凄く大きいよね。
──気心の知れた間柄なら、曲の良し悪しも忌憚のない意見を出してくれるでしょうし。
南:そうだね。特に河崎はもの凄く細かく意見を言ってきたし、そういうやり取りがイイ刺激になったね。河崎はO型だから大雑把なところがあって、局部にこだわらずアルバムをトータルに捉えることができたのが良かった。俺はA型で意外と細かいからね。あと、エンジニアの田中是行さんの存在も大きかった。山口が参加したGO!GO!7188のアッコのソロ・アルバムがあって、その縁でお願いして。
山口:場の雰囲気作りの巧さというか、和ませ方が見事で。田中さんの性格なんでしょうけど、俺達はまんまとそれに乗せられて。レコーディングの現場はとにかく楽しかったですよ。最後のマスタリングまで付き合ってくれたし。
南:俺達との相性も良かったしね。俺は怒られるとすぐにシュンとするタイプなんだよ、もう40も近いのに(笑)。褒められると伸びるというか、言いたいことを言える環境を作ってくれるとやっと実力が出てくるっていう、まるで小学生みたいなバンドなんで(笑)。今までは俺が常に年上でいろんなジャッジを決めてきたんだけど、今回は田中さんが現場の最年長で、百戦錬磨の素晴らしい兄貴に頼ることができたのが良かったよね。
志賀:田中さんにはちゃんとした青写真みたいなものがあるんですよ。だから「ベースの音をもう少し下げて下さい」ってお願いしても、絶対に下げてくれない。下げたフリをするだけ(笑)。スティーヴ・アルビニみたい(笑)。でも、それが結果的にはすべてプラスに働いたんですよ。
山口:レコーディングに入る前に田中さんと一緒に2回ほど呑んだのも、事前に意思確認ができて良かったですね。その時に「音に関して、バンドのリクエストには応えられるけど、音を聴いた時点であえてそれは聞き入れない。自分が感じたようにやらせてほしい」って言われたんです。
──田中さんや河崎さんみたいに、バンドを客観的に見る人の存在がキーポイントだったんでしょうね。
山口:ホントそうですね。選曲に関しても、メンバーは一切関わらなかったんです。16〜17曲ある候補の中から251や440のスタッフに決めてもらったんですよ。曲を聴いてもらって、どれをアルバムに入れたらいいかアンケートを取って。○が4個以上の曲は絶対収録する、とかね。
全曲キラー・チューン! 未曾有の直球勝負!
──そこまでスタッフに委ねられるというのは、自信の表れでもありますよね。
南:うん。バンド側としては、すべての曲に自信があるからね。元からアルバムにコンセプトもないし、良心のある第三者に「全部任せるわ!」っていうか。
山口:でもそれが功を奏したよね。たとえば「アイアイ」のような曲をアルバムに入れるなんて、今までメンバーの中ではあり得なかったですからね。だって余りに未完成すぎたから。
南:俺は最初から好きな曲だったんだけど、リズムが付いたのが遅かったからね。「アイアイ」や初めてピアノで作った「フレーズ」、あと「世界の果てまで」みたいなポップの極みみたいな曲は、自分達の判断だけでは埋もれていたかもしれない。
山口:アルバムを作るにあたっての核となるものはメンバー間で意見をまとめていたんですけど、その後の形にしていく作業においては、基本的に俺達よりも外の意見のほうが強かったんです。それに素直に応じたらスムーズに事が運んだ気がしますね。
──以前なら、そこまで素直に耳を貸すことはなかったですか?
山口:いや、昔はこっちが意見をグァーッ! グァーッ! グァーッ! と出して、スタッフがそれに気圧されてたと思います。それで「やりづれぇな、コイツら」って思われてたんじゃないかな?(笑)
南:当時はとにかく押せ押せだったし、これで行くんだ! これで行くんだ! ってガツガツしまくってたからね。今は気心の知れた連中とじっくりやりたい。バンドの核みたいなものっていうのは、スタジオで俺が弾き語りで演奏したものにリズム隊を交えて仕上がったもの。それは絶対に揺るぎない。あとはライヴ。誰がどれだけ口を挟もうが言うことは聞かない。それ以外のアルバム制作作業とかは誰かに任せてもイイのかなって思うんだよね。もちろん、イヤなことはイヤだと言うし、闘うところはちゃんと闘うよ。でも、バンドのキモが揺らいでなければそれでイイんだよ。
──ちなみに、アンケートで特に人気が高かったのはどの曲でしたか?
南:「ミックスジュース」と「群青色の空がどこまでも突き抜けてる感じ」かな。それと「バランス」。
山口:あと「世界の果てまで」。どれも俺の好きな曲ばかりでしたね。
──タイトルの『アイアイアイ』には、“愛”や“哀”などの意味が込められているんですか?
南:“哀”はないな。“愛”と“i”(自分)と“eye”(眼)。
山口:“哀”も加えてイイんじゃないの?
南:それじゃ『アイアイアイアイ』になっちゃうよ(笑)。
──お猿さんは関係ないですか?(笑)
南:いや、それもちょっと意識はあって。
──あるんすか!?(笑)
南:昔から「猿っぽいバカなバンドだねぇ」って言われてきたからね(笑)。
山口:俺はゴリラっぽいって言われるしな(笑)。
志賀:俺はオランウータンって言われるもんなぁ(笑)。
──今度のアルバムは、とてつもないハイテンションで突っ走る従来のイメージを覆す、どこまでもポップに突き抜けた1枚ですよね。情緒あるメロディもふんだんに詰め込まれているし。
志賀:歳も取ったし、“売らんかな主義”に走ったんですよ(笑)。“売らんかな主義”ってただ言ってみたかっただけですけど(笑)。
山口:今までは変化球ばかりを狙ってた感じがあるんですけど、今回は何よりもまず曲をじっくり聴いてほしいと思ったんですね。『獣欲ウルトラ』の頃も、自分達では歌モノをやってるつもりだったんだけど全然伝わってなかったもんな(笑)。
南:今回は最初から完全な歌モノにしようと思ったんだよね。アルバムの半分くらいは志賀が加入する前から温めてた曲なのかな。「ファイト一発」なんかはもう2年以上ライヴでやってる曲だしね。毎回、アルバム作りのテーマみたいなものはないんだよ。出来た曲を録ってるだけで。ただ今回は、素直に作って素直にアレンジしたらこんなふうになったっていう。
山口:自分達でコーラスを入れたのは新機軸だよね。「フレーズ」に凄く気持ち悪い裏声が入ってる(笑)。
──過剰な熱量で表面上は判りづらいかもしれないけど、もともと宙ブラリの楽曲は凄くメロディアスなものが多いし、『アイアイアイ』ではそれが全面に出てますよね。
南:うん。ここまで直球勝負なのも初めてだよね。それを「面白い」と言われるか、「普通」とか「つまんない」と言われるかは判らないんだけど、とにかく一度素直にやってみたかった。
──ライヴではお馴染みの曲も多いし、レコーディング自体は順調だったんですか?
南:やっぱり自主制作だから予算もないし、スタジオもそう長くは使えない。だから今回は相当練習して臨んだね。普段は週に2回、2時間程度なんだけど、レコーディング前は日曜日の練習を3時間にしたり。…って、そんなに変わってないか(笑)。
山口:いや、俺も今回が一番練習やったかな。個人練習も今までで一番よくやったし。
南:そうやって威張るくらいに今まではさっぱり練習してこなかったわけだな(笑)。
──全曲シングル・カット可能なキラー・チューン満載のアルバムなんですけど、中でもやさぐれた男の哀愁というか情けなさが滲み出た「バランス」が個人的に凄く好きなんですよね。
山口:俺も一緒ですよ。酒を呑んで呑んで呑みまくって寝て、次の日起きたらもう夕方で。そんな時に感じるどうしようもない気怠さ。バンドの核にある二日酔い感っていうか、ひらがなで“宙ぶらり”と名乗ってた初期もそういうイメージの曲が多かったんですよね。
志賀:そうだね、初期の曲はそんなイメージに近かったよね。ドヨーンとした暗い感じっていうか。
──「ファイト一発」のような燃え滾る男の魂を唄った宙ブラリ節もしかと健在で。
南:俺の中では8曲目の「世界の果てまで」が最後の曲で、実験的な「dobugawa」とこの「ファイト一発」はオマケ(笑)。あのね、俺、小学生の時に宍戸 開と同級生だったんだよ。
──ああ、宍戸 開といえばリポビタンDのCMですよね(笑)。
南:次にPVを撮る時は「ファイト一発」にして、宍戸 開に出演オファーをしたいね(笑)。
やっと精神年齢ハタチになれました(笑)
──「ミックスジュース」から「フリフリフリフラ」までが“i side”、「バランス」から「ファイト一発」までが“ii side”と昔のアナログ盤のように区分けされていますね。
山口:そうなんですよ。自分達は完全にアナログ世代ですからね。アナログを聴いてきた同世代に聴いてもらいたいんですよ。昔は「A面の2曲目がさぁ」とかの言い方があって、そういう感覚は大切にしたいっていうのがあって。CDでズラッと10曲だと、中間がどうもダレちゃうんですよね。
南:だから“i side”と“ii side”の間は少し間隔を空けてる。
──アナログ時代のA面で裏返してB面にする“一呼吸”が今はないし、CDだと曲も簡単に飛ばしてしまいますよね。
志賀:そうだ、“i side”までの5曲をノンストップにするとかすれば良かったね。プリンスの『LOVE SEXY』って、CDだと曲が飛ばせないようになってるよね。飛ばすなら早送りするしかない。
山口:そうか、その手があったか。“i side”と“ii side”で1曲ずつにすれば良かったんだ。
──気が付くのがちょっと遅かったですね(笑)。
南:まぁ、俺達は毎回こんな感じだから(笑)。
──気に入らなければ即次の曲にスキップできるリスニング環境だから、バンドとしては「こう聴いてほしい」みたいな感覚はありませんか?
南:いや、でもその人の手許に届けばその人のモノだからね。さっきも言ったように、俺達としてはスタジオで曲を作るまでが核で、そこまでの作業だから。あとはライヴで表現することに力を入れてるバンドだからね。音源はその人に渡ったらあとは好きなように聴いてくれればイイと思ってる。“i side”と“ii side”に間を置いてこのアルバムは作ったよ、っていうのはあるけど、それに気付かない人もいるだろうし。気付かないからといって別に悪い聴き方ではないし。
──“ii side”の始まり、昔で言うB面の1曲目が気怠い「バランス」から始まるっていうのもシブい構成ですね(笑)。
山口:なかなか思い浮かばなかったんですよねぇ。“i side”の1曲目も、どれにしようかなかなか決まらなかったくらいだし。「ミックスジュース」は一番最初にレコーディングした曲だから、「これかな?」っていう。『怒り』から3年経ってるから、“変わった感”を思い切り出してやろうっていう腹で行くならいきなり「フレーズ」もアリだよな、とかね。
──逆に「ファイト一発」で幕を開けると従来のイメージ通りで、安心感は増すというか…。
南:そうだね。アルバムの1曲目だけが際立ってて、あとはダメ曲ばかりだと凄くイイよね(笑)。でもこのアルバムは粒揃っちゃってるからさ。
──志賀さんに伺いたいのですが、3年振りのレコーディング経験は率直なところどうでしたか? バンドの普遍的な部分と進化した部分を一番客観的に見ることができたと思うんですが。
志賀:うーん、原田君時代からこうはなってましたからね。たとえば「志賀、3年前のあの感じで頼むよ」って言われたら、とてもできなかったですね。極々普通にやりたかったんですよ。ライヴで着物を脱いで、暴れるのもやめて…っていう変化はあったにせよ、何も劇的に変わったわけじゃない。こういうアルバムを作るであろう宙ブラリだったからこそ、俺は戻ることができたんですよ。客観的に聴くと音源はガラッと変わった印象があるかもしれないけど、ライヴは暴れなくなったからといってバンドが変わったわけじゃないよね?
山口:うん。衝動的に暴れるっていうのはイイと思う。でも、バラードを聴かせる時にわざわざ暴れる必要はないですからね。そういうのは当時から違和感が凄くあったんですよ。
──宙ブラリの場合、そういう過剰な部分がオーディエンスから熱烈に受け容れられたし、期待される部分も多々ありましたからね。
南:あったね。でもそれを続けると、結果的に自分達の表現に嘘をつくことになるんだよ。感極まって暴れるとかならイイけど、何もパフォーマンスをするためにライヴをやっているわけじゃないから。音源にしても、凄まじく高いテンションを封じ込めるのに躍起だった。だから何て言うのかな、ちょっとワガママになれたんだと思う。前は自分のことを第一に考えながらも、周りの意見に振り回されたり、多少無理してでも期待に応えようとしてたから。
──齢40を目前にして、ようやくオトナになれた、と(笑)。
南:うん、ちょっとはね。やっと20歳になれたくらいの精神年齢だから(笑)。
志賀:やっと成人になって、ようやくアルバムを売らなくちゃいけないことに気付いたくらいですから(笑)。
──これだけキャリアのあるバンドがこれだけフレッシュなアルバムを作るなんて、後進のバンドマンは励みになると思いますけど。
南:いや、俺達のマネしたら3年で潰れるよ(笑)。だって精神年齢がバカみたいに低いんだから(笑)。
山口:20代はまだ背伸びをしようとするけど、30を過ぎると自分にもの凄く素直になって、自我に目覚める人って結構いると思うんですよ。宙ブラリはそういう同世代が共鳴できる音楽だと思いますよ。
南:宙ブラリはもう少しバカなんだよね。小学3年生くらいのヤツが中学生を見て「アイツら俺達よりバカだぜ!」って言うような、そんなバンドだから(笑)。「あのオッチャン達、イイ歳してホントバカだな!」って言うさ。
──何はともあれ自主レーベルを起動させて、今年はとにかく攻めの一手ですね。
南:いやぁ、如何せん弱小レーベルだから売れないことには長いバイト生活が待ってるので(笑)、まずはこのアルバムをきちんと世に広めないとね。
志賀:“売らんかな主義”で頑張りますよ(笑)。
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