大事なのはリアルじゃなくてリアリティ
──そもそもバンドを始めたきっかけを改めて訊かせて下さい。
竜二:元々は地元の名古屋で高校の同級生が集まって始めたバンドなんです。高校の頃はみんなバラバラで、僕とベースの(坂井)昌英は3年間一緒にビートルズのコピー・バンドをやっていて、そこで僕はギターのコードを覚えた感じなんですよ。ギターの山内(貴之)と(岩原)俊司はポリスやラモーンズのカヴァーなんかをやってたのかな。高校を卒業して大学に入った頃に、ちょうどオアシスとかUKギター・ロックがブームになったんです。そもそもロックっていうのは、小さい頃から音楽の英才教育を受けた人しかやれないもので、自分とは全く関係のないものだとずっと思ってたんですよ。でも、オアシスを聴いたらコードも簡単だし、これなら自分にもできると思って、オリジナル曲を作ってみようと考えたんですね。それで山内とバンドを始めたのが最初ですね。
──今も名古屋に在住していて、活動の基盤はあくまで地元なんですよね。
竜二:ええ。東京って凄まじい情報量に溢れてるじゃないですか? 余りに情報が多すぎるし、どこかホッとできるところがないと、僕にはとても処理できないんですよ。東京に来るのは単純に楽しいし、刺激にもなるし、決して嫌いなわけじゃないんですけど、なんにもないところに行かないと自分を見失いそうになるんです。
──名古屋も立派な大都市だと思いますけれども…。
竜二:でもね、ちょっと裏道に入るとなんにもなかったりするんですよ。普段から余り派手なところで遊んでるわけでもないですし。“街でウワサのファッション・ボーイ”みたいな歌は僕達には作れないですからね(笑)。
──今回発表となる3rdアルバム『昨日 今日 トゥモロー』ですが、1曲目の「オレンジバックビート」というタイトルが示す通り、夕陽を見た時にグッと胸に迫る想いみたいなものが全体的にフレイヴァーとして覆われていると思うんです。決して甘さだけで終わらない極上のポップスと言うか、「Natural Thanks」で見られるソウル・ミュージックとの絶妙なブレンド具合はどことなくシュガーベイブ(山下達郎や大貫妙子、村松邦男らが在籍したグループ)を彷彿とさせるところもあり。初期のユーミンのバックを務めたキャラメルママっぽい匂いもあるし。
竜二:シュガーベイブは僕も大好きですよ。今日ここに持ってきたCDは『荒井由実 スーパーベスト』ですしね(笑)。近所に住んでる友達の家に行くと、昔のディスコとか70年代の日本のポップスとか知らないレコードが一杯あって、そういうのに影響を受けることが多いですね。ひと昔前のレコードって、ジャンルを問わずもの凄く真面目に作られていて、チャラチャラしたところがないし、言葉もちゃんとしてる。それと、よく行くバーがヴォーカルもののジャズを流す店なんですけど、ジャズメンが歌謡曲の人達と一緒にやってるものとか、そこで聴けるレコードからの影響もかなり大きいですね。まぁ、ジャズメンとか音楽をやる人って、基本的にだらしのない人が多いですよね。楽器を置いたら人として成り立たないって言うか(笑)。
──その辺、the ARROWSのみなさんはどうなんですか?(笑)
竜二:音楽を取ったら……もうどうしようもないですね(笑)。
──僕がどうしようもないなぁと思ったのは、坂井さんがシェルターのライヴに来ていた可愛い女の子を遠くから見つめているうちに、フラフラとほんの少し後をつけてしまったという「恋する摩天楼」のエピソードなんですが(笑)。
竜二:曲のモデルになった女の子をずっと見ていて、勝手に妄想を逞しくして、付き合ってから別れるところまで一気に想像したんですよ。そういうこと、僕にはよくあるんです(笑)。この取材場所に来るまでにも、モデルの外人女性と道で擦れ違ったんです。その時考えたのは、その外人女性と付き合ったらまず言葉も通じないし、「私はもっと2人でオシャレなことをしたい」って言うんだけど、僕はそれに応えられずにジワジワとケンカが始まっていくな…っていう。そこで恋が終わるんですよ。
──そこまで瞬時に妄想を働かせたんですか?(笑)
竜二:結末までは、一応(笑)。
──ご自身で言うところの“妄想コミュニケーション不全”っていうのが作曲の原動力なんですかね?
竜二:妄想して終わっちゃうんですよね。逆に、現実の世界ではなかなか自分から前へ踏み出すことができないんです。曲にするまでに何度も妄想を繰り返すから、だいぶ満足度は高いですよ。もはや満足病の末期症状ですね(笑)。
──何と言うか…三木聖子/石川ひとみの「まちぶせ」(日本初のストーカー・ソング)の世界を地で行ってますね…って古いな俺も(笑)。
竜二:でも、そういう妄想から曲が生まれることが多いのは確かですね。本当にあったことに脚色を加えて書き上げることもありますけどね。大事なのはリアルじゃなくてリアリティだから。
──恐らく、人間観察が趣味みたいなところがあるんじゃないですか?
竜二:見てますねぇ、僕は。ずーっと見てる。そういうのが全然飽きないんですよ。喋らなくても、ある程度のアクションをしてくれればその人の性格とか判りますよね。よく呑みに行くバーでもお客さんの動きを見ていて、そこから窺えるドラマ人間模様が曲のインスピレーションになることもありますから。お客さんが話してた言葉を歌詞に活かすこともありますよ。前のアルバムで使った言葉なんですけど、「付かず離れず」なんて自分が全然思い付かなかった言葉をお客さんが使っていて、思わずメモったことがありましたね。日本の慣用句ですでに韻が踏まれてるような言葉を聞くと、必ずメモするようにしてるんです。基本的に人の話を聞くのが好きなんですよ。
オレにさわると“低音火傷”するぜ!
──そんな深い洞察力の賜物として、「オレンジバックビート」にある「トクトク盃には アクアビットさ」とか独特としか言い様のない歌詞が生まれるんでしょうか?(笑)
竜二:まぁ…判りゃいいかな? っていうのが根本にあるんですよね。“アクアビット”っていうのは“生命の水”、つまりお酒を意味してるんですよ。…って、これもバーにいたお客さんが話してたのを聞いたんですけどね(笑)。「時代の好みはナイスバディー」(「恋する摩天楼」)とか「かわいい仔猫ちゃん」(「BGMの向こう側」)ってちょっと時代錯誤な歌詞も自分では気に入ってるんですけど、バンド・ヒーロー探しに明け暮れる下北沢の20歳くらいの女の子からは「キモイ!」って言われましたね。それを聞いて「よっしゃ!」って思いましたけど(笑)。キモくて上等ですから。
──具体的な曲作りはどんな感じで進めていくんですか?
竜二:今回は、歌詞も曲も同時に作っていきました。コードを弾きながら思ったことをズラズラ書き連ねていった感じですね。それにそのままメロディを付けていって。そうやって唄っているうちに最初に乗っかってきた言葉…“ナイスバディー”とかもそうなんですけど、そういう出会い頭一発で浮かんできたフレーズはそのまま活かして使いました。
──その時点で、竜二さんの頭のなかではバンドとして音を構築していく方向性は固まっているんですか?
竜二:うん、ある程度は。それを山内に伝えて、彼が細かいアレンジはどんどん決めていくんですよ。曲のなかにストーリーがあるから、「ここで起承転結の“転”が欲しい」というところは僕が具体的に指示を出したりして。
──「HEY MOTHER」で唄われているお母さんへの感謝の気持ちや、「うわさの彼女」にある「たくさん『ごめんね』を言うよりはさ 一言『ありがとう』を伝えよう」という歌詞など、身近な人達への感謝を素直に表した曲がアルバムの終盤に並んでいますね。
竜二:これは僕自身のマイ・ブームなんですよ。アルバムに収める曲は20曲くらい候補があったんですけど、“ありがとう強化月間”みたいなブームが自分のなかにあったので、そんな傾向の曲が集まって、アルバムのコンセプトみたいなものも自ずと固まりましたね。
──お母さんに感謝して、友達に感謝して、最後は「さよなら おやすみ また明日」で自分自身に感謝する、と。
竜二:そうですね。僕は本来怒りっぽい性格なので…「明日は上手くやろう 今日より少しは上手くやろう」ってフレーズは、自分で自分に言ってるんです。眠る前には怒りが持続してることはないのに、明くる日になるとまた些細なことで怒ってる。そんな自分に、寝る前に「あの頃見た僕に少し近づこうよ」と言い聞かせてるんですよ。
──他者への洞察力に優れているということは、同時に自分自身のことも相当客観視できているということなんでしょうね。
竜二:前のアルバムを作り終えた頃かな、自分の気にしていることや自分が気に入ってることをノートに箇条書きにしたことがありましたよ。「気にしていることを言われると、すぐに話を変えようとする」とかね(笑)。それから結構、気が楽になった。人から優しくしてくれたことも素直に受け容れられるようになったし、前よりも怒りっぽくはなくなったですね。
──怒りの感情を起点に表現に向かうことはありませんか?
竜二:僕はないですね。人のことを悪く言うのは、音楽でやることじゃないと思ってるんですよ。例えば「戦争はやめよう」とか、直接的なことを声高に主張しても今の世の中動かないから、もっとちっちゃなこと…みんながほんわかしたりするとか、そんな浸透力のほうが戦争はなくせると思うんですよね。怒りで解決できることはないんじゃないかと思いますね。テレビでオリンピックを見ていた時に、メダルを取った選手が「支えてくれた仲間や家族に感謝します」って言うのを聞いて驚いたんです。自分だったら「俺って最高だ!」ってなると思うんですけど、彼らが極限状態で発した言葉だからきっと嘘じゃないんだろうなと考えたら、思わず涙がこぼれたんですよ。それを見ながら出来たのが「HEY MOTHER」。だから、自分の場合はそういう琴線に触れた時に曲が生まれやすいのかもしれませんね。何でもそうだと思うんですけど、常に自分のことに物事を置き換えて考えないとダメですよね。まぁ、いつも何かしらの考え事はしてるんですよね、さっきの四六時中妄想してることも含めて(笑)。たまに妄想と現実の境目が判らなくなる時もありますから(笑)。
──ははは。でも、そんな坂井さんだからこそ「BGMの向こう側」のように泣きながら踊れるような名曲を紡ぎ出せるのかもしれませんね。
竜二:くるりの「ワンダーフォーゲル」という曲みたいに、悲しい出来事をそのまま悲しく唄うんじゃなくて、悲しい出来事を明るい曲調で唄うからこそ余計に悲しくて切なくなるっていう、僕はそういう作風に心を掴まれるんです。だから「BGMの向こう側」もそういう感じにしようと思って。
──“踊れるかどうか”っていうのはバンドとして重要なポイントですか?
竜二:そうですね。僕自身、ライヴで唄いながら踊るのが単純に気持ちいいし、好きですから。ウチのギター2人も、最近ステージでステップを刻み始めたので(笑)、今度東京と名古屋でやるワンマンは随分と騒がしい感じになると思います。他のバンドのライヴにはない“低音火傷”が味わえるんじゃないかと(笑)。「オレにさわると低音火傷するぜ!」って、恰好いいんだか悪いんだか判らない、一番タチの悪い火傷だよね(笑)。
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